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パニック障害と就労支援

🍅ここでは、精神障害者の就労を取り上げてみます。制度の話をするのでちょっと難しいかも知れませんが、何卒お付き合い下さい。


1.精神障害者の就労の意義



(1)精神障害者の就労の意義
🍅一般に、健康な人の就労については、賃金を得るという目的だけでなく、対人関係や新たな社会参加の機会拡大、自尊心の向上、生活を楽しむための手段などなど、さまざまな目的があります。
🍅精神障害者の場合、就労については健康な人以上に意義があるといわれています。早野(2005)、三木(2009)、巽ら(2012)による知見をまとめると、精神障害者が就労することの意義としては、以下の点があげられます。

  ①給与所得が生活の糧となること
  ②患者が社会での存在意義を確認・獲得する機会となること
  ③患者が役割を(再)獲得し、自己効力感(「できる」感)を満たすこと
  ④就労が患者の症状や生活機能の改善に(いくぶん)寄与すること
  ⑤自己表現・自己実現の機会となること

🍅ただし、精神障害者がお仕事をするのが簡単でないことは、後に示すようにデータで明らかになっています。


(2)精神障害者の2つの就労形態
🍅また、精神障害者を含む障害者の就労の「あり方」についてはさまざまな考え方があります。これは、障害者の就労の場が、健康な人とは違っていくつかに分類されるからです。すなわち、障害者にとって、就労には以下の大きな2つのかたちがあります。

  ①一般就労
    ・一般企業や一般公的機関における就労のこと。
  ②福祉的就労
    ・授産施設や作業所などの福祉作業施設での就労のこと。
    ・一般就労するのが困難な障害者(実際は障害者手帳所持者以外の人も利用できる)が、
     専門的な支援の下で就労すること。

🍅これら2つのうち、福祉的就労は、単なる生活のための給与所得という目的以外にも、障害者としての生きがいの創造や作業訓練、各種リハビリテーションの必要性などなど、福祉活動としての目的を持っています。そして、障害者の就労の「あり方」は、個々人の障害の程度によって目指すべきところが変わってきますし、就労の場所によっても異なります。
🍅たとえば、就労には「賃金を得て生活の糧とする」という目的がありますが、障害者の場合はそれを主な目的とはせず、生きがいの獲得や人間らしさの確立といった側面を重視すべきだと主張する研究者もいれば、リアルに生計維持としての就労は必要であり、それをしないことによる弊害のほうが多いと主張する研究者もいます。また、早野(2018)は、現代は労働能力があることが優先される社会であり、その能力が損なわれた障害者は「自立」という名の下に回復を強制され、そして就労を強制されるとし、それが精神障害者の生活の質を高めるのだろうかと、福祉的な就労支援に対する根本的な疑念を指摘しています。


2.精神障害者の就労(雇用)の実態



🍅精神障害者の就労(雇用)の傾向を、厚生労働省(2018)のデータで確認しておきます。
🍅まず、2020(令和2)年現在の障害者の数は以下の通りです(内閣府:2020)。これらの数はあくまで各種障害者手帳の所持者です。

  ①身体障害者 436万人
  ②知的障害者 109.4万人
  ③精神障害者 419.3万人
    ・うち20歳以上391.6万人(外来361.8万人、入院29.8万人

🍅以下、厚生労働省のデータは全数調査ではないため推計となります。

  ・現在雇用されている精神障害者数  約21.6万人
  ・産業別  最も多いのは卸売業・小売業53.9%
  ・事業所規模別
    ・5~29人規模 70.5%
    ・30~99人規模 15.9%
    ・100~499人規模 9.2%(1,000人以上規模の大企業は最下位)
  ・年齢階級別  最も多いのは45~49歳18.0%
  ・程度別  最も多いのは精神障害者保健福祉手帳2級46.9%
  ・疾病別  最も多いのは統合失調症31.2%
  ・雇用形態別
    ・無期契約の正社員以外  46.2%
    ・有期契約の正社員以外  28.2%
    ・無期契約の正社員  25.0%
    ・有期契約の正社員  0.5%
  ・職業別
    ・サービス業  30.6%
    ・事務的職業  25.0%
    ・販売の職業  19.2%
  ・平均賃金(月給)  12.5万円
  ・平均勤続年数  3年2か月
  ・雇用するに当たっての課題(複数回答)
    ・雇用主の72.5%が「ある」と回答
    ・会社内に適当な仕事があるか  70.2%
    ・障害者を雇用するイメージやノウハウがない  49.7%
    ・従業員が障害特性について理解することができるか  37.4%
  ・雇用主が障害者を雇用しない理由(複数回答)
    ・当該障害者に適した業務がないから  79.6%
    ・職場になじむのが難しいと思われるから  33.9%
    ・施設・設備が対応していないから  26.0%

平成30年度障害者雇用実態調査結果

🍅上記のデータのうち、精神障害者の就労実態を最も象徴しているのは平均勤続年数で、「3年2か月」という数値は実態に即したものであると考えられます。


3.精神障害者に対する就労支援に関する制度



(1)障害者に対する就労支援の歴史
🍅日本の場合、障害者に対する就労支援は第二次世界大戦後間もなくの傷痍しょうい軍人(つまり身体障害者)を対象とした職業的リハビリテーションの一環として始まったという経緯があります。
🍅その後、1950年代になって北欧で知的障害者のノーマライゼーションnormalization)運動が盛んになるにつれて、特に知的障害者への職業訓練や就労支援の考え方が普及していきます。ただし、知的障害者の就労に関しては、当時は学校教育(養護教育)分野が中心を担っていて、学校が進路指導の一環としてスキル訓練を行い、それをもとに一般就労を目指すといった方法が採用されていたようです。
🍅その後、1990年代になって精神障害者の就労支援が始まります。これは、1980年代まで一般的だった、特に統合失調症患者の「薬漬け・社会的入院」に対する大きな批判から行われるようになったものです。
🍅このように、戦後から振り返っても精神障害者への就労支援は大きく立ち遅れていて、そもそも就労支援の実績がない状態で2000年代を迎えることになったといえるでしょう。
🍅現在、日本の障害者に対する就労支援制度は、障害者雇用促進法に基づく法定雇用率制度と、障害者総合支援法に基づく就労支援サービスに大きく分けることができます。以下、ご説明します。


(2)障害者の雇用の促進等に関する法律(障害者雇用促進法)に基づく法定雇用率制度
🍅法定雇用率制度とは、国及び地方公共団体、民間企業は、全従業員のうち〇〇%は障害者(各種障害者手帳を所持している者)を雇用しなければならないという規定のことをいいます。
🍅その割合は、2018(平成30)年現在、国及び地方公共団体は2.4~2.5%、民間企業は2.2%、特殊法人等は2.5%とされています。この法定雇用率制度には、当初精神障害者は含まれていませんでしたが、2018(平成30)年から精神障害者がその対象に加えられました。
🍅この規定に罰則はありません。ただし、法定雇用率を下回った企業には雇用納付金(不足した障害者1人あたり月5万円)を納付する義務があって、これを元手に、法定雇用率を上回った企業に調整金報奨金(上回った障害者1人当たり月2.5~2.7万円)が給付されます。
🍅この法定雇用率制度には是非があります。福井(2011)は、法定雇用率の効果を分析した結果、雇用納付金や調整金、報奨金は障害者の雇用拡大に効果があるものの、企業が障害者を雇用する負担が納付金の負担を上回ると、企業の多くは障害者を雇用せずに納付金を納めるだろうと指摘しています。また、長江(2014)は法定雇用率制度は障害者の雇用者数を増やすが、障害者の権利保障の効果を持っているわけではないことや、企業にとって障害者雇用がメリットとなるものでなければ障害者雇用の大幅増加は見込めないことなどを指摘しています。

  👀なお、法定雇用率制度の詳細は以下のページがわかりやすく、詳しいと思います。


(3)障害者総合支援法における就労支援
🍅障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律障害者総合支援法)という法律があります。この法律が施行されるまでは、障害者に対する福祉サービスは障害ごとに別々の法律(身体障害者福祉法、知的障害者福祉法、精神保健福祉法など)に基づいて行われていたのですが、これらを統合して一括してサービスを提供するとともに、それまでの保護的な色彩から積極的な自立支援へと支援の方向性を転換しようというのが障害者総合支援法の趣旨です。なお、これら3つの法律は現在もそのまま残されています。
🍅また、この法律が施行される前は、それぞれの障害に対応した更生施設、授産施設などのほか、法律対象外の小規模作業所などの入所/通所施設がバラバラに存在していましたが、現在はこの法律によって整理統合されています。
🍅障害者総合支援法では、障害者に対する就労支援サービスとして、「就労移行支援」「就労継続支援A型B型)」「就労定着支援」の4種類のサービスが設けられています。

①就労移行支援
・一般就労を希望する障害者が、自立生活に向けて就労に必要な知識・能力を向上させるための訓練等を行うもの。
・作業を行うが、あくまで就労ではなく、一般就労に向けた移行を目的とした訓練という位置づけ。
・利用期間が原則2年以内と定められている。

②就労継続支援:A型(雇用型)とB型(非雇用型)の2種類がある。
  a)A型(雇用型)
  ・障害者を雇用し、自立生活のために知識・能力等の向上に必要な訓練等の便宜を
   提供するもの。
  ・通常の一般企業に雇用されるのが困難だが、雇用契約に基づく就労が可能な障害
   者を対象にしている。
  ・障害者と事業所との間に雇用契約が締結され、障害者は従業員として労働法が適
   用され、最低賃金以上の賃金が支払われるとともに各種保険にも加入することができる。
  b)B型(非雇用型)
  ・障害者に就労機会や生産活動の機会を提供し、必要な訓練等を行うもの。
  ・雇用ではないため、賃金ではなく工賃(出来高払い)が支払われる。
  ・利用期間は定められていない。

③就労定着支援
・就労移行支援、就労継続支援などの利用を経て一般就労へ移行し6か月を経過した障害者で、就労に伴う環境変化により生活面・就業面の 課題が生じている者に対して相談支援等を行うもの。
・利用期間は3年間。

  👀なお、障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(障害者総合支援法)
   における各種サービスの概要は以下のページがわかりやすく、かつ詳しいと思います。


(4)障害者総合支援法の就労支援サービスの問題点
🍅さて、障害者総合支援法のこれら4つの就労支援サービスのうち、最近創設された就労定着支援以外の3つのサービスについては、創設当初から問題点が指摘されてきました。
🍅まず、就労支援サービス全体の問題として、山村(2018)は、多くの精神障害者は身体障害や知的障害とはニーズが異なるため、単に障害者総合支援法として同じ制度に組み込むと十分な支援にならないことや、「就労支援」を謳いながらも現実にはほとんどが一般就労には結びつかず、福祉的就労にとどまっていることなどを指摘しています。
🍅次に、就労移行支援の問題点は、もっぱら利用期間が2年しかないです。精神障害者のリハビリテーションは2年どころか、10~20年単位での取り組みが求められるものです。精神障害者が就労移行支援を2年以内に終了して一般就労に漕ぎつけている例は極めて少ないと考えられます。
🍅次に、就労継続支援(A型・B型)の問題点はもっぱら賃金と工賃があまりにも低額であるです。巽ら(2012)によると、2009(平成21)年度のA型の平均賃金月額は約7.5万円、B型の平均工賃月額は約1.3万円です。駒澤(2019)は、支援が精神障害者の「生きがい」や「やりがい」を失わせていると批判しているほか、木村(2009)は、精神障害者が就労継続支援に漕ぎつけても劣悪な賃金水準労働を強いられているように(木村は「人権侵害的工賃」と呼んでいる)、低賃金・不安定雇用労働者を大量に生み出している現状の就労支援策にはあまりにも問題が多いと痛烈に批判しています。国はたびたび「工賃倍増計画」として対策を講じていますが、その賃金や工賃はほとんど上昇していません。
🍅この、就労継続支援における賃金や工賃の劣悪さには、障害者総合支援法ができる以前のいわゆる「授産施設」(授産とは、社会的弱者に仕事を与えるなどの便宜を提供するという意味)や「小規模作業所」などの歴史や経営手法が関係しているといわれています。たとえば新井(2017)は、授産施設が抱える問題として以下の各点をあげています。

  ①授産施設の目的はもともと「必要な訓練や支援を提供する」ことである
    ・これを満たしたからといって就労の質的な充実にはならず、工賃の向上には結びつかない。
  ②障害者総合支援法施行後も授産施設が一般就労を目指していない
    ・依然として「生活全般の支援や生きがい確保」に力点を置く施設が多い。
    ・障害程度など個別の事情を鑑みるとやむを得ない。
  ③授産施設の製品販売戦略のノウハウが乏しいこと
    ・製品の品質が低く市場の競争力に耐えられず低価格となる。
    ・品質が良くても生産性が低く市場の価格競争に耐えられない。
    ・製品の流通ルートが確保されておらず未成熟である。
    ・施設長の経営センスが乏しい。
  ④授産施設の職員は福祉専門職であってビジネスに長けていない
    ・ビジネスの専門家には太刀打ちできない。

🍅つまり、授産施設は福祉の充実を目指す一方で、外部に対するビジネスから利益を追求しなければならないという難しい立場に置かれているといえます。


4.精神障害者の就労のニーズとそれを捉えられない専門職



(1)精神障害者の就労が困難な要因
🍅精神障害者本人からみて、就労に関してはさまざまな障壁、困難があります。これは、管理人を含む(手帳を持っていないような)パニック障害患者、当事者にもあてはまると考えます。早野(2005)、三木(2009)、加藤(2012)、巽ら(2012)、早野(2018)、山村(2018)、駒澤(2019)による知見によると、精神障害者の就労における困難は概ね以下のようなものとなります。

  ①全体として、就労することよりも就労を継続することが難しいこと
  ②フルタイム勤務を継続的にこなすのが難しいこと
  ③就労を継続することによって体調を崩すことが考えられること
  ④職場の対人関係などにストレスを抱えやすいこと
  ⑤就労から離れている時間が長いほど適応に時間がかかること
  ⑥周囲からのスティグマ、および患者自身のセルフ・スティグマに苦しむこと
  ⑦障害の程度が見た目で分かりにくく、同僚・上司からの理解が得られにくいこと
  ⑧調子が悪いときが不規則にあることから休みを取ることが難しいこと、または、
   このことに対して一般的な休暇の質量では対応できないこと
  ⑨多くの患者が易疲労性疲れやすさを抱えていること
  ⑩雇用する側や同僚・上司が患者本人にどのように接してよいかがわからないこと、
   およびそのことに対して患者本人が気遣わなければならないこと

🍅精神障害者の就労の難しさは、ほとんどの患者が就労する希望を大いに持っていて、患者自身が経済的に自立する必要性を痛いほど感じているにもかかわらず、上記①~⑩のような困難さを抱えていることです。


(2)専門職が考える精神障害者の就労ニーズ
🍅一方、就労支援に携わる専門職は、患者の就労ニーズをどのように考えているのでしょうか。
🍅早野(2005)は、専門職は就労が社会参加の唯一のゴールであるとみなす傾向があると指摘しています。また、巽ら(2012)は専門職は職業的リハビリテーションが終われば即職業的自立が可能であると考える傾向にあることを、木村(2009)はソーシャルワーカーには患者に対して社会への適応を強制する態度が多くみられることを、山村(2018)は就労=目標達成であり、それをもって支援を終了するという認識が専門職には一般的であることなどをそれぞれ指摘しています。
🍅このように、専門職による支援は患者としては有難いものの、その多くは就労に対して予断やステレオタイプを持っていて、その予断やステレオタイプに基づく「望ましさ」に患者を適応させてしまっているという側面があると考えられます。


5.新たなアプローチの模索



(1)職場の細かい配慮
🍅では、多くの精神障害者にとって望ましい働き方とはどのようなものなのかを考えると、現実的な工夫としては、その患者の個別性に応じた「職場の細かい配慮」があげられます。つまり、支援の方法論や制度的な仕組みによる支援ではなくて、ソフト面での柔軟な工夫です。こうした周囲の気遣いを患者が逆に負担に感じてしまう場合もありますが、管理人は、これが保守的ながらもいちばん現実的だと考えます。
🍅管理人は職場でパニック障害であることをカミングアウトしていましたが、今思い返せば、同僚や上司はどのように関わって良いか分からなかったのではないでしょうか。だいいち、パニック障害ではない人のほとんどは、パニック発作が生じたときの患者の姿を見たことがないと思います。なので、パニック障害患者の職場環境安定のためには「職場の細かい配慮」のように周囲の人間が一方的に努力するものではなく、患者側からも歩み寄り、説明するなどの努力が必要になるのではないでしょうか。しんどいことではあるけれど、周りが理解していない以上はどうにもなりません。


(2)ベーシックインカム
🍅一方、より抽象的かつ非現実的なものとしては、ベーシックインカム(最低賃金を全国民に給付すること)の導入が考えられます。木村(2009)は、これまでの精神障害者の就労支援策の限界から、ベーシックインカムを導入して所得と労働を切り離すべきであると提案しています。
🍅以下、管理人の私見ですが、ベーシックインカムにおける「所得と労働の切り離し」という理念には多いに賛同します。しかし、仮にベーシックインカムが導入されると必ず物価が上がるので、家賃や生活費も上がり、結局はベーシック・インカムだけでは最低限の生活を維持できなくなると思います。


(3)授産施設の経営手法の改善
🍅また、就労継続支援の賃金や工賃の低さについて、新井(2017)は授産施設のマーケティング手法を改善すべきであると指摘しています。すなわち、授産施設の製品を売るためには、授産施設の製品≒精神障害者が作った製品であることを前面に出して売る方法と、授産施設の製品であることを言わずに売る方法の2種類があります。
🍅前者の方法を用いると、障害者が作った製品を積極的に購入させる市場や市民への働きかけが必要となります(これは、国や地方自治体が授産施設の製品を積極的に購入するという法律があって、ごく一部では成果をあげている)。この働きかけを一つの授産施設が発信、広告することにはかなりの無理があります。そもそも、消費者は授産施設の製品がどこで手に入るかが分からず、また製品の市場流通量が少ないので、生産者と消費者との経済的な交換が成り立ちにくいといえるでしょう。
🍅後者の方法を用いると、一般の商品とガッツリ競合することになりますが、これまでの授産施設には製品の品質、広告、価格、流通全てにおいて一般企業と競合する力、人材、ノウハウがありません。
🍅以上のことから、授産施設という性質を最大限活かすという意味では前者の手法を用い、授産という社会的意義を広く社会に広告する努力を今以上行うことによって生産者と消費者との距離を接近させる必要があるでしょう。


(4)就労移行支援の新しいかたち
🍅近年、就労移行支援の新しい形として、パソコンを中心とした専門的技術の習得を図る事業所が増加しつつあります。こうした事業所を立ち上げる経営者は、精神障害者の多くが一定以上の作業能力を持っていて、またパソコンを使うことができるという傾向をかなり早い段階(2000年代前半)から見抜いていたようです。パソコンを用いた専門的技術としては、管理人が知る限りではExcel、ホームページビルダー、イラストレーター、フォトショップ、CADなどがあげられます。
🍅こうした新しい形の就労移行支援を立ち上げる人に共通しているのは、先に述べたような、専門職が陥りがちな予断やステレオタイプを抱いていないことです。たとえば、旧来の専門職は患者に外出させ、通勤させることこそが就労支援だと思い込んでいますが、新しい形では在宅ワークの可能性を追求しています。これは、旧来の「労働像」にとらわれずに新しい働く形を創造していこうという、一種の社会運動であると見ることもできます。関係者から聞いたところでは、パニック障害患者も多数利用しているとのことです。心強い限りです。


(5)ソーシャルファーム(2021/5/18加筆)
🍅ソーシャルファームSocial Firm)とは、一般就労、福祉的就労の枠にはない「第三の雇用の場」として位置づけられる障害者雇用の新しいかたちのことをいい、特定非営利活動法人NPO人材開発機構(2011)によるとソーシャルファームは以下の4つの特徴を持っています。

  ①障害者や就労弱者の雇用を前提とする(最低でも3割以上雇用する)
  ②企業的経営手法を用いる
  ③国等からの補助金等の収入を最低限にとどめる
  ④生活できる賃金を障害者等にもたらすことを目指す
  ⑤障害者等の社会参加の促進にも寄与する

🍅つまり、ソーシャルファームの考え方は、先に述べたような旧来の授産施設や作業所の大きな弱点であった経営手法と賃金の問題を解決しつつ利用者の福祉増進にも寄与しようとするものです。
🍅特定非営利活動法人NPO人材開発機構(2011)は、実態調査からソーシャルファームに適した/適しない産業分野をまとめています。

①リサイクル分野(廃棄物処理施設の運営委託)
・障害者等が行うリサイクルは民間に比べリサイクル率が高い。
・人手を惜しまず分別・分解をして廃棄物の再資源化率が高くなると業者の購入率も高くなる。
・ただし、行政委託でない独自経営では参入障壁や事業運営規制が多く大手に対抗するのが困難。

②リネン・クリーニング分野
・ゼロスタートなら設備投資がかさんで新規参入は困難だが、行政からの初期資金補助や閉鎖工場などの譲渡などがあれば大手の下請けに入り、手間のかかる畳み方や仕分けを売りにしてソーシャルファームとして十分成り立つ。

③清掃分野
・不況の影響を受けやすく、企業間競争も激しい分野なので行政委託(公園清掃、公民館などの公的施設の清掃)がないと厳しい。
・他分野に比べ清掃は1コマが短時間で済むため、長時間勤務が難しい精神障害者にも適用可能。
・自宅からの直行直帰が多くなるので労務管理が難しい。

④農業分野
・自然環境を取り扱うため、経験に基づく判断や技能、知識が求められる。
・露天栽培は天候に左右されるのでビニールハウスなどの施設型生産方式のほうが一定の作業が期待できる。
・季節性が高く、量産でコスト競争するような農産物はソーシャルファームとしては適さない。
・農産物を売るのは非常に難しく、流通の問題をどのように克服するかに全てがかかっている。
・高齢化、過疎化により耕作放棄された土地の有効活用による地域再生策との協働の可能性もある。

⑤鑑賞魚・観葉植物レンタル事業分野
・生物の生産販売には初期投資がかさんで新規参入は厳しいが、数か月に一度障害者がクライエントを訪問して維持管理するという定型化された作業なので、多数のクライエントを抱えることができればソーシャルファームとして成立する可能性がある。

⑥食品製造・加工・流通分野
・この分野は民間企業との競合が激しく、ソーシャルファームとしての優位性を活かすことは難しい。
・パン、クッキーなどの手作り食品製造はごく地元に限られた範囲でライバルに対抗できる商品を開発することができれば商いとして成立するが、これでは少数の障害者等しか雇用することができない。
・広い範囲で商いを展開し、ソーシャルファームとして成立させるためには、他の企業の下請けに入るか他の福祉事業所と協力・共同するなどの大掛かりな工夫が必要となる。

⑦レストラン・飲食業分野
・この分野も一般企業との競争が激しく、単価の低い喫茶店やレストランではソーシャルファームとしての可能性はほとんどない。
・食材や作り方、味付けなどにかなりの付加価値を持たせない限りは一般企業を凌ぐのは困難である。
・ただし、地域との接点を持ちやすい分野であり、地場産業との協働によって地域に受け入れられている事例も存在する。

⑧陶器・革製品・木工品など手工芸品製造分野
・手工芸製品製造によって(公費の補助なく)採算を確保している事業所はほとんどない。
・販売不振の理由としては、消費者から「安かろう悪かろう」のイメージを持たれていることや、消費者のニーズではなく生産者の事情に合わせた商品が多いことなどがあげられる。
・卓越した職人技やデザイン能力、マスコミへの訴えなどのプロデュース力が求められる。

🍅こうした動きがあるのは私たち当事者にとっては嬉しい限りです。時代に合わせて新しいかたちがどんどん出てくるのは良いことだと思います。


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🍅パニック障害患者や当事者にとって就労は死活問題であり、切実です。管理人の住まいの近所には就労継続支援A型事業所があり、毎朝〇〇をしています(この〇〇は作業内容ですが、あえて伏せます)。この〇〇という作業は、多くのパニック障害患者、うつ病患者が本来やることではありません。そして、〇〇が終わった後、利用者は日向ぼっこをしています。つまり、就労支援とは銘打っていながらも、実質は「通う」ことと「場の提供」を目的としているのです。こうした支援が必要な方もおられるので全否定は出来ませんが、旧来の予断やステレオタイプを打破するのはなかなか難しいと感じます。
🍅こんなにケチをつけるのなら、就労支援サービスに期待しなければいいんじゃない? ということになり、その通りでもあるのですが、管理人が就労支援サービスに強く当たるのには個人的な理由がありまして…
🍅10年ほど前に、某校で某科目を教えていました。学生さんのほとんどは実践経験5年以上です。利用者の地域支援のあり方についてレポートを書かせたところ、ほとんどの学生さんが一律に「利用者を外出させる必要性」を述べていたので辟易し、一部の学生さんに対して「『外出しなくてもよい』という選択肢はないか? 外出しなくても健康を保っている例はいくらでもある」と講評しました。すると、学校に対してクレームが入ったのです。クレームに対応するのは非常勤講師たる管理人ではなく学校です。これ以降、管理人と某校との関係がなんとなく気まずくなり、ほどなくして辞めることになりました。学界の常識を教えるべきであるという専門教育の鉄則を破り、大人げなかった管理人も反省しますが、こうした社会福祉専門職が持つステレオタイプは目に余るものがあります。ただし、私たち患者や当事者からの発信が足りないせいでもあるので、管理人もいろんな形で発信しなければと思っています。


文献

厚生労働省(2018)『平成30年度障害者雇用実態調査結果』.
厚生労働省障害福祉サービス等報酬改定検討チーム(2020)『就労移行支援・就労定着支援に係る 報酬・基準について ≪論点等≫』.
内閣府(2020)『障害者白書:令和2年版』.
特定非営利活動法人NPO人材開発機構編(2011)『新しい障害者の就業のあり方としてのソーシャルファームについての研究調査』特定非営利活動法人NPO人材開発機構.
新井範子(2017)「障害者授産施設商品の市場拡大戦略の方向性についての一考察」『上智経済論集』第62巻第1・2号、pp73-80.
福井信佳(2011)「労働市場における障害者雇用に関する制度の分析」『日本職業・災害医学会会誌』第59巻第1号、pp8-12.
橋本学(2017)「精神障害者の雇用・就労への支援―過去・現状そして今後の展望―」『The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine』第54巻第4号、pp283-288.
早野禎二(2005)「精神障害者における就労の意義と就労支援の課題」『東海学園大学研究紀要:シリーズB人文学・健康科学研究編』第10号、pp29-43.
早野禎二(2018)「精神障害と社会―歴史社会学的視点から」『東海学園大学研究紀要:社会科学研究編』第23号、pp29-53.
加藤あけみ(2012)「日本における精神障害者の就労に関する一試論〜障害者就労施策の経緯を踏まえて〜」『静岡福祉大学紀要』第8号、pp1-10.
木村敦(2009)「精神障害者に対する『就労支援』施策についての考察―処遇理念の『変化と継続』を認識した上での『半福祉・半就労』批判―」『大阪産業大学経済論集』第11巻第1号、pp1-17.
駒澤真由美(2019)「精神障害当事者は「一般就労」をどのように体験しているか―障害と就労のライフストーリー―」『立命館生存学研究』第2巻、pp281-291.
三木良子(2009)「精神障害者の就労支援研究―Self-efficacy modelでの試み―」『大正大学大学院研究論集』第33号、p322-314(pp1-9).
三城大介(2009)「精神障害者の就労に関する現状と課題:『大分県内の精神障害者を対象に実施した就労を中心とした生活に関する2次調査』を基に」『別府大学紀要』第50号、pp73-83.
長江亮(2014)「障害者雇用と生産性」『日本労働研究雑誌』第646号、pp37-50.
鈴木雪乃・林和枝・小林純子(2019)「精神障害者の経済的自立に対する評価―福祉施設職員とデイケア職員を比較して―」『岐阜聖徳学園大学看護学研究誌』第4号、pp20-28.
巽絵理・大歳太郎・酒井ひとみ・倉澤茂樹・辻陽子(2012)「精神障害者の雇用と就労支援の現状と課題」『保健医療学雑誌』第3巻第1号、
山村りつ(2018)「就労支援と日常生活支援で支える精神障害者の生活」『社会保障研究』第2巻第4号、pp498-511.

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