fc2ブログ

パニック障害と神経系(神経細胞・神経伝達物質・モノアミン仮説)

1.神経細胞と神経伝達物質



🍅このページと次のページでは、パニック障害を引き起こす神経系の仕組みを取り上げます。少し難しいかも知れませんが何卒お付き合いを。


(1)神経細胞の仕組み
🍅神経細胞と神経伝達物質のキホンから。神経回路の中には、多数の「ニューロン」と呼ばれる神経細胞があります(図参照)。

神経細胞

🍅まず、樹状突起は他のニューロンからの情報を受け取る部分です。次に、受け取った情報は軸索を通り、その末端から隣のニューロンに対して送られます。
🍅このとき、情報の送り手である軸索末端部と、情報の受け手である隣のニューロンの樹状突起が繋がっている部分(厳密には繋がっておらず、隙間がある)を合わせてシナプスといいます。

  ・神経細胞の情報の送り手側の軸索末端部を前シナプスといいます。
  ・情報の受け手側の樹状突起先端を後シナプスといいます。

🍅さらに、情報の受け手である樹状突起にはそれを受け取るための受容体が備わっているほか、情報の送り手側の軸索にも自己受容体という、自分で放出した神経伝達物質の量を調節するための受容体が備わっています。
🍅そして、情報の送り手のシナプスの軸索末端部と情報の受け手の樹状突起との間の隙間のことをシナプス間隙かんげき)といいます。


(2)神経伝達物質
🍅このように、情報の入力・出力を無数のニューロンが超・超・超瞬間的に行い、神経回路は機能しています。そして、これら一連の情報の入出力の仕組みで情報を伝達するのが脳内の神経伝達物質です。この神経伝達物質にはさまざまなものがあります(後述)。
🍅神経伝達物質は常時それを送っているのではなくて、必要な時にしか隣の神経細胞の受容体に届かないような仕組みが備わっています。神経伝達物質には、大きく分けて興奮系抑制系の2つがあります。たとえば、興奮系の神経伝達物質がずっと出っ放しになると都合が悪いです。必要なときだけ神経伝達物質を出して、それ以外のときは出したくないわけです。その役割を担っているのがトランスポーターと呼ばれるもので、これはシナプスから出された神経伝達物質を回収して(再取り込みという)、余分な神経伝達物質が隣の神経細胞の受容体に届かないようにして、その神経伝達を終わらせるんです。

トランスポーターの役割

🍅なお、一つの神経細胞はさまざまな種類の神経伝達物質を伝えることができ、神経伝達物質ごとにそれ専用の受容体が備わっています。あるときはセロトニン、あるときはγ-アミノ酪酸といった具合です。また、上図に見るように、神経伝達物質は単一方向にのみ進むという性質を持っており、双方向的なやりとりを行うことはできません


2.モノアミン仮説と主な神経伝達物質



🍅以下、栗山(2002)、兼松ら(2004)、神庭ら(2005)、尾仲(2005)、蜂須(2007)、北山ら(2007)、石塚(2008)、酒井(2008)、山本・榛葉(2009)、橋本ら(2010)、塩入(2010)、渡辺ら(2010)、境ら(2011)、塩入(2012)、松田ら(2013)、宮崎ら(2013)、田中(2013)、山内(2013)、小林(2014)、山内(2014)、田中(2017)、柳下(2017)、田中(2018)による知見を整理します。
🍅脳内の神経伝達物質には、私たち患者や当事者が一度は聞いたことのあるセロトニンやドーパミン、アセチルコリンのほか、グルタミン酸、γ-アミノ酪酸、ノルアドレナリンなどがあります。
🍅これらのうち、セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミン、アセチルコリンは神経伝達物質の中でもモノアミンと呼ばれる化合物のジャンルに属しているのでモノアミン神経伝達物質と呼ばれています。そして、これらのモノアミン神経伝達物質が多くの精神疾患の原因の一つと考えられてきました(モノアミン仮説といいます)。現在処方されている多くの精神科薬はモノアミン仮説に基づいたものです。
🍅パニック障害に関係するモノアミン神経伝達物質としては、セロトニン、ノルアドレナリンの異常が指摘されています。


(1)セロトニン神経系(5-HT系)
🍅セロトニンは、5-ヒドロキシトリプタミン(5-hydroxytryptamine)とも呼ばれるため、5-HTともいいます。「5-HT」という用語は今後頻繁に登場するので、わからなくなったらこのページのこの項目に戻ってくださいネ。
🍅セロトニンは、脳幹の縫線核ほうせんかく)という部位にたくさんあって、同じ脳幹にある青斑核(せいはんかく)、大脳の前頭葉、大脳辺縁系の扁桃体、間脳の視床下部、中脳の灰白質など、脳の多くの部位との間に神経回路を張り巡らせています。そのため、セロトニン神経系は感覚、認知、感情、運動、内臓機能その他多くの機能をコントロールしています。
🍅神経細胞内のセロトニンがシナプスに放出されると、それを受け取る隣の神経細胞の受容体(セロトニン受容体という。14種類ある)に結合します。基本的には、セロトニンが放出されすぎると不安を引き起こすと考えられています。
🍅パニック障害は、セロトニン神経系とノルアドレナリン神経系との相互作用によって生じると考えられています。大まかには以下のようなプロセスをたどります。

青斑核のノルアドレナリン神経系からのノルアドレナリン放出が過剰になる
縫線核のセロトニン神経系に影響してセロトニン放出も過剰になる
過度の不安を起こす

セロトニン系(パニック障害)

🍅また、パニック障害患者ではセロトニン受容体のうち5-HT2Aという受容体の感受性が低下していて、縫線核からのセロトニン神経系の活動にブレーキがかかりにくくなっているという説もあります。


(2)ノルアドレナリン(NA)神経系
🍅ノルアドレナリンは、特にストレスと関連している神経伝達物質です。ストレスを感知すると、脳幹の青斑核と延髄にある各ノルアドレナリン神経系が作動して大脳全域の覚醒水準が高まり、交感神経系を活性化させることでストレスから身体を守ろうとする反応を引き起こすと考えられています。
🍅ノルアドレナリン神経系は、興奮系の後に抑制系が作動するという二段階のメカニズムを持つと考えられています。ちょっと難しいですが、だいたい以下のようなプロセスです。

青斑核のシナプスからノルアドレナリンが放出される
それが受容体(アドレナリン受容体)に結合する
(この段階では興奮の命令が伝達される)
ノルアドレナリントランスポーターが受容体からノルアドレナリンを引っ剥がす
シナプス側のアドレナリン自己受容体が、自分が放出したノルアドレナリンによって自分自身の活動を抑制する
(この段階で抑制の命令が伝達される)
青斑核からの興奮したノルアドレナリン神経系を抑制する

🍅ノルアドレナリン神経系が過活動になると、パニック発作や病的な不安を起こすと考えられています。青斑核からのノルアドレナリン神経系は、パニック障害と関係の深い扁桃体や海馬、視床、視床下部と繋がっています。パニック障害患者は発作がない時でも常時ストレスを敏感に受けており、血中ノルアドレナリン濃度が高いことが報告されています。
💥なお、アドレナリンとノルアドレナリンの関係について簡単に説明しておきます。まず、アドレナリンとノルアドレナリンはともに興奮系のモノアミン神経伝達物質です。アドレナリンとノルアドレナリンは合成過程がわずかに違うだけです。ノルアドレナリンがシナプス間隙に放出されると、ノルアドレナリン受容体ではなくアドレナリン受容体がそれを受け取ります。つまり、アドレナリン受容体はアドレナリンとノルアドレナリンの両方を受容するんです。ややこしいですね・・・


3.モノアミン仮説の限界



🍅以下、山脇(2005)、酒井(2008)、小林(2014)、小泉(2016)、長澤(2016)による知見を整理します。
🍅パニック障害をはじめとするいろんな精神疾患に対して、モノアミン神経伝達物質が何らかの形で関与していることは間違いなさそうです。しかし、モノアミン仮説には、以下の2つの問題点があります。

①モノアミン仮説にしたがって開発された薬が効かない患者がいるのはなぜか 
・モノアミン仮説にしたがって開発された精神科薬の例として、抗うつ薬のSSRIがあります。
・SSRIは、全く効かない患者がたくさん存在します。ということは、セロトニンによって説明がつく不安障害や気分障害は一部であって、なぜ効かない患者が存在するのかという理由をモノアミン仮説は説明できません。

②SSRIが効果が出るまで数週間かかるのはなぜか
・SSRIは、抗うつ効果や抗不安効果が表れるのに数週間かかります。これはなぜかという理由をモノアミン仮説はやはり説明できません。

🍅こうしたSSRIの疑問が生じる前には、モノアミン神経伝達物質について、神経伝達物質の量が多い少ないの問題ではなくて、受容体の機能に問題があるのではないかという仮説がありました(神経伝達物質受容体亢進仮説)。
🍅この説は、受容体が「ダウンレギュレーション」と「アップレギュレーション」という2つの機能を持っていることに注目したものです。

  ・ダウンレギュレーション(神経伝達物質の放出量が増えると受容体が占拠されて減少する)
  ・アップレギュレーション(逆に放出量が減ると受容体が増加する)

🍅神経伝達物質受容体亢進仮説はのちの研究により、精神科薬の種類によってはダウンレギュレーションが生じないことや、この理屈とは全く逆の現象が確認されたことなどから、現在は支持されていません。
💥(2021/7/7)SSRIが発売される前によく使われていた三環系抗うつ薬も、効果が出るのに最低数日~10日程度かかるのはなぜかという疑問が上がり、この原因として受容体のダウンレギュレーション説が唱えられていたようです(中嶋:1992)。

ダウンレギュレーションとアップレギュレーション

🍅このようなわけで、モノアミン仮説は年々疑惑が持たれるようになって、現在ではモノアミン神経伝達物質は精神疾患の発症と何らかの関連があるとしても、神経伝達物質とその受容体だけで精神疾患の発症を説明するのには無理があるというのが研究者の常識になっています。

  👀なお、神経伝達物質については以下のページでも取り上げています。





文献

橋本隆紀・松原拓郎・D.A.Lewis(2010)「統合失調症と大脳皮質GABA神経伝達異常」『精神神経学雑誌』第112巻第5号、pp439-452.
蜂須貢(2007)「強迫性障害(OCD)関連障害の脳内セロトニン神経機構―強迫性障害および摂食障害について―」『精神神経学雑誌』第109巻第2号、pp163-172.
石塚義之(2008)「パニック発作と黄連解毒湯」『phil漢方』第22号、pp22-24.
神庭重信・橋岡禎征・門司晃(2005)「抗うつ薬の薬理作用機序:最近の知見」『第129回日本医学会シンポジウム記録集』pp24-31.
兼松隆・照沼美穂・後藤英文・倉谷顕子・平田雅人(2004)「GABAA受容体の一生とそれを調節する分子達」『日本薬理学雑誌』第123巻第2号、pp105-112.
北山滋雄・十川千春・土肥敏博(2007)「神経伝達物質トランスポーターの構造,機能,発現とその制御」『日本薬理学雑誌』第130巻第6号、p444-449.
小林克典(2014)「抗うつ作用と海馬神経可塑性」『日本医科大学医学会雑誌』第10巻第1号、pp6-12.
小泉修一(2016)「アストロサイト機能異常とうつ病分⼦病態の因果関係解明に関する研究」『公益財団法人先進医薬研究振興財団精神薬療分野一般研究助成研究成果報告書』.
栗山欣彌(2002)「神経伝達物質受容体の分子薬理学―ガンマ-アミノ酪酸(GABA)受容体を中心として―」『明治鍼灸医学』第31号、pp7-14.
松田真悟・松澤大輔・清水栄司(2013)「恐怖の性差:疫学・画像・動物研究から」『不安障害研究』第5巻第1号、pp22-30.
宮崎勝彦・宮崎佳代子・銅谷賢治(2013)「セロトニン神経系による予測と意思決定の制御―基礎的知見から―」『日本生物学的精神医学会誌』第24巻第2号、pp95-100.
長澤麻央(2016)「うつ病の病態メカニズム解明における新たなターゲットの探索」『名城大学農学部学術報告』第52号、pp37-43.
中嶋照夫(1992)「不安と抑うつの神経化学的基礎と臨床」『生理心理学と精神生理学』第10巻第2号、pp91-102.
尾仲達史(2005)「ストレス反応とその脳内機構」『日本薬理学雑誌』第126巻第3号、pp170-173.
境倫宏・佐々木翔太・及川雅人(2011)「中枢神経系GABA受容体の機能を調節する有機化合物」『横浜市立大学論叢自然科学系列』第61巻第1・2・3号、pp75-89.
酒井規雄(2008)「中枢セロトニントランスポーターと抗うつ薬」『膜』第33巻第3号、pp94-101.
塩入俊樹(2010)「不安障害の病態について:Stress-induced Fear Circuity Disordersを中心に」『精神神経学雑誌』第112巻第8号、pp797-805.
塩入俊樹(2012)「不安障害の現在とこれから―DSM-5改訂に向けての展望と課題:パニック障害―」『精神神経学雑誌』第114巻第9号、1037-1048.
田中光一(2013)「グルタミン酸と精神疾患:モノアミンを超えて―グルタミン酸トランスポーターと精神疾患―」『日本薬理学雑誌』第142巻第6号、pp1-6.
田中光一(2017)「グルタミン酸」『CLINICAL NEUROSCIENCE』第35巻第12号、pp1412-1416.
田中光一(2018)「トランスポーターの分類と研究史」『CLINICAL NEUROSCIENCE』第36巻第6号、pp648-651.
渡辺正仁・出田めぐみ・中俣恵美・林部博光・西井正樹(2010)「GABAとGABAシステム」『保健医療学雑誌』第1巻第1号、pp3-9.
山本健一・榛葉俊一(2009)「中枢ノルアドレナリン系の精神医学的意義」『精神神経学雑誌』第111巻第7号、pp741-761.
山内兄人(2013)「ストレスにおけるセロトニン神経の役割」『人間科学研究』(早稲田大学)第26巻第2号、pp219-220.
山内兄人(2014)「生殖神経内分泌Ⅱ:神経制御機構とセロトニン神経の役割」『人間科学研究』(早稲田大学)第27巻第2号、pp149-176.
山脇成人(2005)「うつ病の脳科学的研究:最近の話題」『第129回日本医学会シンポジウム』pp6-14.
柳下祥(2017)「モノアミン作用の機能的理解を起点とした精神疾患研究の発展の道筋」『日本生物学的精神医学会誌』第28巻第3号、pp113-116.

コメント 0件

コメントはまだありません