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パニック障害患者と親との関係

🍅ここでは、精神疾患患者と「親子関係」を取り上げてみます。
🍅親子関係は、従来から精神疾患発症の要因の一つとされてきました。しかし、発症した後の親子関係にも関心を持ちたいものです。パニック障害を持つ仲間の多くは親子関係に苦しんでいますし、管理人も大いに苦しみました。
🍅例によってパニック障害に関する研究は皆無でした。なお、前のページ(パニック障害患者の家族の負担感)と似ていますが、ここでは親子の関係性に焦点を絞りたいと思います。


1.親子関係をめぐる視点



(1)伝統的な家族制度と親子関係
🍅精神疾患と親子関係について、その性質は時代や社会によって異なります。
🍅小花和(1978)は、日本は古くから家父長制家族制度があり、それが第二次世界大戦後に崩れていく中で父親の権威が失われていくと同時に女性の地位や立場が変化し、それが子どもへの関わり方にも表れていると指摘しています。また、田村(1996)は日本の家族関係の特徴は母子密着・父親不在であったと述べています。このように、親子関係は伝統的な社会制度という側面から捉えることができます。


(2)発達心理学・精神分析学における親子関係
🍅また、発達心理学の分野では出生早期における母親の重要性が古くから提唱されてきました。くわしくは端折りますが「愛着」や「母性」といった理論がそれで、母親からたっぷり愛情を受けることが子どもの正常な発達を促し、その役割は父親では代替不可能であるという考え方です。
🍅一方、精神分析学では子どもが乗り越えるべき存在として父親が登場しますが、田村(1996)に言わせれば、それは既に確立された母子関係に後から介入する第三者としての存在でした。
🍅このように、親子関係をめぐっては欧米、日本を問わず母親が育児の第一義的な責任を負っていたという歴史的な経緯が背後にあるので、母子関係に関する研究がやたら多いのが特徴です。今でこそ父子関係や家族システム全体を取り扱う研究が現れるようになったものの、研究者も長い間、伝統的な性別役割分業の価値観に縛られてきたといえるでしょう。


(3)親からの自立をめぐって
🍅ところで、青年期前期における子どもの発達課題の一つは親からの自立です。これは、子どもが親離れをすることと、親が子離れすることの両方の意味を含んでいます。ちなみに、ここでは取り上げませんが「親離れの不調」と「子離れの不調」が子どもの精神疾患の発症に関連があるとする研究はじつはたくさんあるんです。
🍅さて、通常の発達理論では、子どもは思春期から青年期前期までに「第二反抗期」と呼ばれる、親に対して葛藤や反発心を抱く時期があって、そのような不安定な時期を乗り越えてこそ健全な自立が実現され、子どもは大人になるとされています。管理人自身もまさにそれを経験しており、なおかつ、恥ずかしながら自立が遅れたという経験があります。
🍅しかし近年、第二反抗期を経験していない子どもがたくさんいます。これもまた管理人が教育実践上強く感じていたことです。つまり、親との葛藤など、子どもの自立にとって必要とされるプロセスを経ておらず、にもかかわらず特に精神的な問題を抱えていない子どもが一般的といえるほど多くみられます。そして、どこまでが親による養育時期で、どこからが子の自立かという線引きが難しくなっています。
🍅須崎(2015)は、近年、混乱や葛藤のない親子関係がみられ、青年期の子どもの自立に対して親が支援的であれば、必ずしも独立する必要もなければ葛藤を伴う必要もないと指摘するとともに、青年期の子どもの精神的健康は社会的な条件の問題であって、不安や葛藤、挫折をもたらしやすい内面的な負の要因と、これらを克服する方向に作用する正の要因とのバランスが青年期の子どもの危機を左右すると述べています。このことから、「思春期から青年期前期にかけて子どもが親と対立して葛藤を引きずった結果精神的な問題を抱えるという仮説は過去のステレオタイプであって、今の時代にはあてはまらないかもしれません


2.精神疾患患者と親との関係性



🍅次に、既に精神疾患を発症した患者と親との関係をめぐる研究をいくつかみましょう。この「患者と親」という関係の性質は精神疾患の種類によって変わるでしょうし、さきのページで触れた障害受容とも関係してくるので、発症後であっても時間的経過の中で関係の性質は徐々に変化していくと考えられます。

  👀なお、障害受容については以下のページで取り上げています。

🍅精神疾患患者と親との関係については、発症当初から良好であるとする研究には残念ながらめぐり逢うことはありませんでした。
🍅佐藤ら(2016)は、通所サービスを利用しない精神疾患患者をケアする親に対する調査から、親と患者(子)との関係の距離が近くなって「抜き差しならない関係」に変化していったり、子は親に対して病状のことを話さないなど、親子関係がかなり悪いことを指摘しています。
🍅また、岡本ら(2008)は、親が患者(子)の精神症状と「もともとの性格傾向」を区別することができず、患者(子)の状態に不平不満を持ち、結果として患者(子)に敵意や怒りなどの批判的態度を取ってしまい、このことが患者(子)のストレス脆弱性に作用して病状を悪化させやすいと述べているほか、調査の結果から、親の批判的態度は患者(子)の重症度よりも親自身の性格によるところが大きく、発症前の患者(子)と親との家族関係によって決まるという結論を導き出しています。
🍅山田(2017)は、ひきこもりの子どもをめぐって、家族システム論から親子関係にアプローチしています。山田は、子どもがひきこもりを開始してしばらくすると、一般社会の常識や価値観を持ち込む父親を避け、本人を守ってくれる母親がいることから、「本人―母親」システムがまず成立し、次に「本人―母親」システムが強くなりすぎると父親は本人と適切な関わりができず、一般社会の常識や価値観によって本人と社会を繋ぎ止める役割や「本人―母親」システムの癒着を止める役割を果たせなくなり、また本人は父親に対して反発心と承認のアンビバレントな感情を持っているが、父親はそれを正面から受け止めることができなくなる、というプロセスを事例から導き出しています。


3.ちょっと休憩:精神疾患から離れてみましょう



🍅(2021/5/15)ここでは、少し精神疾患から離れましょう。家族内の関係性には興味深い学説がたくさんあるので、その一部を紹介します。
🍅家族内の関係性には、夫婦関係、親子関係、きょうだい関係、祖父母―孫関係、義父母―子関係など、いくつかの関係の単位がありますが、ここでは夫婦関係と親子関係を取り上げます。そして、これをお読みの方はとりあえず、父・母・子の3人家族(典型的な核家族)を想像なさって下さい。あるいは、ご自身の家族を思い浮かべながらお読み下さい🙂
🍅で、家族内の関係については、スピルオーバー仮説補償仮説という2つの仮説があります。


(1)スピルオーバーspill over仮説
🍅スピルオーバー仮説とは、夫婦関係(父親と母親の関係)が良好ならば、親子関係(父母と子どもの関係)も良好になるという仮説のことです。あるいは逆に、夫婦関係が悪ければ、親子関係も悪くなるという仮説でもあります。なお、spillとは「こぼれる」という意味の英単語、spill overとは「あふれる」という熟語で、ここでは転じて「(隣にも)波及する」と訳せばよいでしょう。


(2)補償compensatory仮説
🍅補償仮説とは、夫婦関係(父親と母親の関係)が悪くなると、夫婦のいずれか、もしくは両方は、夫婦関係の悪さをどこかで補おうとして子どもと良好な関係を形成しようとするという仮説のことです。なお、compensatoryとは「補う」という意味の英単語です。
🍅よって、「夫婦関係が悪ければ親子関係も悪くなる」というスピルオーバー仮説とは異なり、補償仮説では「夫婦関係が悪くなると親子関係が良好になる」と仮定します。


❓❔❓さて、スピルオーバー仮説と補償仮説、どちらが正しいのでしょうか❓❔❓


🍅じつはこのテの研究は結論を出すのが非常に難しいです。さきに家族内の関係性の単位として「夫婦関係」と「親子関係」をあげましたが、夫婦のどちらが子どもとの関係を取り結ぶのかも結構大事になってくるんです。よって「親子関係」は「父―子」「母―子」という関係に分解しなければなりません。
🍅さらに、子どもの側にも性別があるわけで、「親子関係」は「父―息子」「父―娘」「母―息子」「母―娘」という4つの関係に分解しなければならなくなるんです。こうなったらますますわからない…


(3)結果
🍅では結果です。板倉と長谷川(2012)は、大学生136名に対する調査から、3つの関係(夫婦関係、父子関係、母子関係)を解析した結果、以下の2つの結論を導いています。

  ①夫婦関係と父子関係との間ではスピルオーバー仮説が成り立つ
  ②夫婦関係と母子関係との間では補償仮説が成り立つ

🍅その上で、板倉と長谷川はこの研究を通して「普段から母親が子どもに対して父親のことをどのように語っているか」が非常に大事な要因だと述べています。すなわち、夫婦関係が良好ならば、母親は子どもに対して父親のいいところを吹き込み、子どもと父親との関係は良好になります(夫婦関係は父子関係にスピルオーバーする)。逆に、夫婦関係が悪ければ、母親は子どもに対して父親の悪いところを吹き込み、父子関係よりも母子関係が強固になります(夫婦関係が母子関係によって補償される)。


🍅このように、家族内の関係性には興味深い現象がたくさんあります。もし関心がおありでしたら、社会学という学問に「家族社会学」というジャンルがありますので、そちらの方面の本を借りてみて下さい。


4.管理人の経験:不安定な親子関係を克服しました



🍅じつは、管理人は長い間両親(特に父親)から親離れができず、それもまたパニック障害が治らない理由の一つなのではないかと思ってました。当初このページを書くにあたって、そうした親による心理的な圧力からの解放やその方法、あり方に関する研究を探しましたが見つかりませんでした(精神分析学的な解釈を述べた父親論、母親論はあります)。
🍅管理人の父親は、戦中生まれの典型的な家父長制父親です。禁止と罰を下すことによって物の善悪を理解させようと意図していたらしく、鉄拳制裁には容赦がなく、幼少期にそのような体験があったために管理人は35歳前後まで父親と目を合わせることができませんでした。一方、管理人は次男で、長男ほど大切には育てられなかったようです(今になって両親に聞いてみるとその通りとのことです(笑))。母親も働いていて、母親にも甘えることができなかったばかりか、物心をついて以降は母親からも禁止と罰を喰らわされたものです。
🍅両親と祖母は教員で、管理人は教員一家に育ちました。しかし、父親は旧態依然の古い日本人ですので家庭では女性を見下し、障害者を蔑視し(「障害者にはなるな」とよく言われていました)、差別語を平気で言い、「学歴のない人間に価値はない」と言うなど、多感な管理人にとって父親は教員として、人としてどうなんだという反発があり、父親のようにはなりたくないという気持ちを30歳代半ばまでずっと持っていました。その反発のためにわざわざ社会福祉の領域に進学したほどです(今思えば非常に不健全な動機です)。
🍅そうした険悪な親子関係が修復し始めたのは管理人が30歳代半ばのことで、帰省した際に例によって「そんなものは病気ではない」と説教され、いつもであれば反抗し、けんか別れになるところ、その時は管理人のほうに少し余裕があったのか、「聞いてくれてありがとう」と言ってみたのです。それ以降、父親の態度が少しずつ軟化し始め、お互いにコミュニケーションを取ることができるようになったほか、管理人としても両親による子育てを冷静に振り返ることができるようになりました。その結果、管理人個人の経験として、以下の対処方法を獲得するに至りました。

①親の考えは根本的には変わらない。変わることをいつまでも期待しない
・今もなお、父親の社会的弱者を見下す態度は変わらず、根本的なところは変わりません。よって、こちらの態度を変えるしかありません。意見が合わなくても、頷いて聴くように心掛けています。職場でもそうするのが社会的適応の一手段だったので、それを親とのコミュニケーションにも使っているということです。
・また、意見に相違があったり、親の意見が明らかに間違っていても、親に対して「勝ってやろう」とか「論破してやろう」という邪心は捨てるのが適切です(これをやり合っているとお互いに消耗するだけです)。

②親の態度がどうであれ、パニック障害は治らない
・親との関係が30年経って修復、再構築されたあとも、パニック障害は軽快するどころか年々悪化しています。したがって、親子関係を修復すれば精神症状が緩和、軽快するという言説を管理人は一切信用しません。もはや親云々ではなく、管理人自身の問題なのです。

③幼少時に何があったにせよ、親を責めたところでパニック障害は治らない
・管理人のプロフィールをご覧頂ければお解りの通り、管理人は幼児期、児童期に何か問題があったようです。しかし、今更それを掘り起こして親の責任にしてみたところでパニック障害はもう治りません。
・両親は、ときどき「育て方が間違っていたかもしれない」と言うことがあります。しかし、いまは管理人は自分の病気は自分でどうにかするしかないという確信を持っているので「決してそのように思う必要はない、思われたら迷惑だ」と言うことにしています。

④じゃあ自分はどうなんだと問いかけると楽になる
・これは管理人だけかも知れませんが、親との葛藤に苦しんでいた頃は「パーフェクトな親」を望んでいたようです。そんな完璧な親などいるのだろうか、では自分自身は人間が完璧にできているのかと問いかけると少し楽になりました。

🍅以上は美談でもなんでもありませんが、参考にして頂ければと思います。パニック障害と向き合う一患者としては、病気とはあまり関係のない部分のネガティブ要素を一つひとつ消していくことが大事だと考えています。両親との葛藤が消え、昔のことを笑いながら話し合えるようになって少し肩の荷が下りたような気がしています。


文献

板倉憲政・長谷川啓三(2012)「青年期の親子関係と父母関係の関連性に関する基礎研究」『対人社会心理学研究』第12号、pp85-91.
小花和昭介(1978)「親子関係の世代間差異について」『追手門学院大学文学部紀要』第12号、pp13-27.
岡本亜紀・國方弘子・茅原路代・渡邉久美・折山早苗(2008)「精神疾患患者を支える家族員の批判的態度に関する因果分析」『日本看護研究学会雑誌』第31巻第5号、pp79-87.
佐藤純・松田美枝・橋本史人・菊池彰倫・松本裕介・畚野真木(2016)「通所サービス等を利用していない精神障害者をケアする家族が経験する困難とその対処」『京都ノートルダム女子大学研究紀要』第46号、pp43-54.
須崎暁世(2015)「青年期における親子間葛藤に関する研究の再検討:世代性の視点と社会・文化的視点の必要性」『神戸大学大学院人間発達環境学研究科研究紀要』第8巻第2号、pp57-66.
田村猛(1996)「家族システムと父親不在―不登校事例にみる家族内性役割の構築―」『子ども社会研究』第2号、pp18-32.
山田武司(2017)「ソーシャルワークの視点に立つひきこもりの方の家族への支援」『岐阜経済大学論集』第50巻第2号、pp37-53.

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