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パニック障害の薬物療法(抗不安/うつ薬の将来・薬物療法の影)

1.抗不安薬・抗うつ薬の将来



🍅以下、樋口(2001)、神庭ら(2005)、山田ら(2006)、井樋・崎村(2013)、井樋(2017)、坂本(2017)による知見を整理します。


(1)モノアミン仮説の限界
🍅今となっては、モノアミン仮説だけでパニック障害を治してやろうという理屈には明らかに無理があります。モノアミン仮説自体が1950年代のものであることや、鳴り物入りで登場したSSRIの効果が現れるまでに数週間かかること、その他モノアミン仮説にしたがって作られたお薬が効かない患者がたくさん存在することなどがその理由です。

  👀なお、モノアミン仮説については以下のページで取り上げています。


(2)リバース・ファーマコロジー(reverse pharmacology)
🍅これまでの抗うつ薬、抗不安薬はモノアミン仮説にしたがって開発されてきましたが、この方法にしたがうと、既に得られている知見の範囲内でしかお薬の開発を行うことができず、いつまで経ってもモノアミン仮説から逃れられないことになります。
🍅そこで、2000年代以降に急速に解析が進んだ遺伝子の研究を応用して、まず抗うつ薬や抗不安薬を投与してメッセンジャーRNA(mRNA)の変化を捉え、どのたんぱく質が変化したかを突き止めていきながらお薬を開発するという方法が注目されています。この開発方法は、原因や発症メカニズムが明らかになってから薬を開発するという、これまでの開発順序とは逆、すなわち、仮説や予備知識なしに未知の遺伝子やたんぱく質を発見しようとすることからリバース・ファーマコロジーreverse pharmacology)と呼ばれています。

リバースファーマコロジーの考え方


(3)新世代の抗うつ薬・抗不安薬
🍅今後の抗うつ薬、抗不安薬の開発は「モノアミン仮説のブレイクスルー」、これが主要な課題です。現在は、関心の対象がモノアミン神経伝達物質から神経細胞の受容体の機能や(シナプス間隙の神経伝達物質ではなく)神経細胞の情報伝達システムへと変化しつつあるようです。
🍅以下、いくつかの候補物質をピックアップしてみます(一部、神経系のページと重複します)。

①神経ペプチドneuropeptide
ペプチドpeptide)とは、アミノ酸(たんぱく質)同士の繋がりのことです。そして、神経ペプチドとは神経系の働きを行うペプチドのことです。神経ペプチドにはいくつかの種類があります。
・このうち、痛覚に関係しているサブスタンスPsubstance P)という神経ペプチドの受容体阻害機能(受容体アンタゴニストという)が、どうやら抗うつ作用と抗不安作用があるらしいことが分かってきました。
・神経細胞には神経ペプチドの受容体があって、ストレスを加えるとサブスタンスPが過剰に放出され、この受容体を経由して神経細胞内(シナプス間隙ではない)の情報伝達を活性化させるので、受容体アンタゴニストによってそれを抑えてやるという理屈です。
・また、コルチコトロピン放出因子CRFcorticotropin releasing factor)という、副腎皮質刺激ホルモンを制御するペプチドホルモン(内分泌系に関連するホルモンのペプチド)があります。これも抗うつ作用や抗不安作用と関係しており、ストレスが加わるとCRFが過剰に放出されるため、その受容体アンタゴニストによって受容体機能を阻害してCRFの機能を抑えてやろうという研究が進められています。

神経ペプチド(サブスタンスP)

(2021/5/17)征矢・櫻井らのグループ(2017)は、神経ペプチドの一つであるオレキシンorexin)が恐怖反応の「汎化(はんか)」現象と密接に関連していることを発見しました。汎化とは何ぞや? 人が恐怖を感じるときは、そのときの場所や匂いや音など、本来の恐怖対象以外の何かと結びつけて状況を記憶します。そして次に同じ状況に出くわしたときに、以前感じた恐怖対象がないのに、その「状況」に対して恐怖を抱いてしまうことがあります。以下、管理人の例。管理人はある場所で嘔吐しました。そして、次にその嘔吐した場所を通過するときはそのときの状況がよみがえってきて恐怖を感じます。管理人の本来の恐怖対象は嘔吐です。でも、いつの間にかその場所を通ることが恐怖対象になっているのです。こうした、本来の対象ではなく、関連する状況や対象でも似たような反応を示してしまうことを汎化といいます。
・話題を研究に戻すと、人が恐怖や不安を感じるとオレキシンの活動が活発になります。征矢・櫻井らのグループは、オレキシンが青斑核でノルアドレナリンを作る神経細胞を活性化し、ノルアドレナリンが扁桃体の外側に働きかけて汎化を引き起こし、恐怖反応を強めるというプロセスを発見しました。そして、マウスの実験でこのルートを遮断すると恐怖反応が生じなくなることも発見しました。このことから、征矢・櫻井らはオレキシン受容体拮抗薬(オレキシンの活動を抑制するお薬)がPTSDやパニック障害に効くのではないかと述べています。

  👀なお、青斑核や扁桃体については以下のページで詳しく取り上げています。

②神経栄養因子neurotrophin
・神経細胞は、自分が生存したり、さまざまな機能を果たしたりするためには栄養が必要です。この栄養を神経栄養因子(4種類ある)といい、そのうち脳由来神経栄養因子BDNFbrain-derived neurotrophic factor)が抗うつ作用や抗不安作用と関係しているらしいことがわかってきました。BDNFの遺伝子の異常によって不安や海馬萎縮を起こすという実験結果が得られています。

  👀なお、BDNFについては以下のページでも取り上げています。

③グルタミン酸
・グルタミン酸は興奮系の非モノアミン神経伝達物質です。神経細胞内外でグルタミン酸系神経伝達回路が暴走すると不安障害の一部(強迫性障害、社交不安障害、PTSD)の発症に繋がるとする研究があって、ここからお薬を作ろうという動きがあります。
・グルタミン酸を用いたお薬は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)に用いられる筋収縮薬や疼痛緩和薬などが既に存在することから、これらの薬をもとに、さきに述べたリバース・ファーマコロジーのプロセスを経て開発が進められています。

  👀なお、グルタミン酸については以下のページでも取り上げています。

🍅とりあえず、文献にみえた候補物質は以上の通りですが、これらの物質のそれぞれが気分や不安だけでなく幅広い脳機能と関連しているがゆえに、従来からのお薬と同様、広範な副作用からは逃れられない可能性が高いです。そして、これら新世代の抗うつ薬や抗不安薬に関するお薬開発の動きは具体的にはなかなか進んでいないのが実情です。パニック障害の特効薬、あるいは遺伝子の技術を含むオーダーメイド治療の可能性は、中長期的にみれば明るいといえますが、短期的には全く期待できません。残念…


2.精神科薬物療法の影



🍅向精神薬の多くは、精神疾患の原因が非常に複雑でよく分からず、また脳機能や中枢神経の全容が解明されていない段階で開発、実用化されることから、1950年代以降、「薬害」ともいえる重篤な副作用と濫用(らんよう)が問題とされてきました。ここでは、そうした精神科薬物療法の影の部分に軽く触れておきます。


(1)あまり効かないSSRIをめぐって
🍅臨床医である坂本(2017)は、抗うつ薬の効果は1/3が寛解、1/3が不完全寛解、1/3が無効であり、特に軽症の気分障害に対してはほとんど無意味であると述べています。これは、言うまでもなく2000年代から急速に流通したSSRIに対する評価です。
🍅桜井(2011)は、SSRIを含む精神科の薬物治療に対しては肯定派と反対派が存在すると述べています。桜井は、反対派の主張の一つとして製薬会社の戦略をあげています。すなわち、SSRIをめぐって製薬会社が大規模な広告戦略を展開したこと、従来の抗うつ薬よりも薬価が破格的に高く設定されて製薬会社が莫大な利益を得たこと、などです。
🍅SSRIに関して、2000年前後当時の各国の製薬会社、医学界、国家が総出でキャンペーンを張ったことは本当のようです。その後、アメリカではSSRIに関連するさまざまな訴訟が起こされて、製薬会社の販売戦略や治験方法などの見直し論が起きました。日本精神神経学会ら(2013)によると、アメリカの巨大製薬企業では臨床試験の失敗率が高くなった結果、新しい向精神薬の開発から軒並み撤退していると述べています。
🍅じつは、このページでは「反対派」が書いた論文を参考文献としてあげていません。それは「反対派」がともすれば患者を盾にして自分の主張を通そうとする傾向があることと、肯定派に対抗しうる代替案を示していないからです。肯定派であろうが反対派であろうが、患者である管理人には関係のないことで、本来は医学界や製薬業界が自分たちで解決すべきものです。たとえば、薬害が生じて、患者が自らの意思によって主体的にその害悪を社会に対して訴えることは、別段なんの問題もなく、管理人も大いに賛同します。しかし、医療関係者が精神科医療のあり方を「患者による自己決定と選択」などと言い、医療の欠陥を自分たちで解決できないから患者という市民性に訴えるという手段は、教員が学生を焚きつけて嫌いな教員をパージしようとするのと本質的に同じことです。一患者である管理人としては迷惑千万。


(2)いわゆる「薬漬け」をめぐって
🍅抗うつ薬や抗不安薬の多くは、薬剤耐性と依存性を持っています。管理人も最低限のお薬しか服用していませんが、やはりやめることはできません。向精神薬による「薬漬け」という負の側面は、長期入院患者を中心に1980年代から1990年代にかけて大きな社会問題となりました。しかし、外来レベルでの抗うつ薬や抗不安薬にも「薬漬け」のリスクはあります。
🍅風祭(2006)は、向精神薬による多剤大量処方(「薬漬け」)の背景を、精神科医療の発達史から解説しています。それによると、「薬漬け」の要因や背景としては、以下の各点があげられます。

①1950年の精神衛生法制定以降、民間精神科病院が激増したこと。
②精神疾患患者の早期受診体制や退院後の社会生活支援体制がほとんどなく、精神科医療が入院収容中心となったこと。
③高度経済成長の波に乗って、製薬会社が自社製品を医師に熱心に勧めたこと。
④それまでの薬物が効かない患者に対して医師が新薬を用い、その用量も増加したこと。
⑤当時の精神科病院の入院料や心理療法の診療報酬が極めて低く、薬物を使えば使うほど薬価差益によって病院が儲かる仕組みになっていたこと。
⑥患者が訴える精神症状に応じて、作用メカニズムが異なる複数の薬を用いるという概念が医師にあったこと。
⑦日本古来の漢方医学の影響として、多くの薬の組み合わせが良いという考え方があったこと。
⑧1970年前後の学生運動により若手精神科医の研修機会が不足したこと。
⑨症状が安定した患者に対する維持的な薬物療法や減量、中止に関するストラテジーの研究に乏しいこと。

🍅現在、抗不安薬や睡眠薬の処方にあたっては、1年以上継続してベンゾジアゼピン系抗不安薬・睡眠薬を処方したり、抗不安薬と睡眠薬を合わせて4種類以上処方したりすると、処方料と処方箋料の診療報酬が引き下げられる仕組みが導入されています。


3.パニック障害と漢方薬



🍅さいごに、お金と時間が余っている方へ。精神科薬物治療には、漢方という手段があります。特に、パニック障害と漢方薬に関する論文はかなりの数があります。しかしながら、精神科治療における漢方薬の占める地位は極めて低いといえます。それは、漢方薬を取り扱うにあたって、漢方医学の理論体系を知っておかなければならないことや(疾病の分類や診断の体系が西洋医学とは全く異なる)、エビデンスに欠けること、一つの薬が複数の薬効を持つこと、原則として補完的に用いることなど、その使用方法が西洋医学とは根本的に違うからです。多くの医学者は、漢方医学を「民間療法」として見下しているようです(事実、そう述べている論文も存在する)。
🍅管理人は、そうした漢方医学の基礎知識の理解を放棄してしまったので(本当に難しいんです、漢方医学って)、以下に、パニック障害の治療に用いられた漢方薬の種類を列挙するにとどめたいと思います。

  ・柴胡加竜骨牡蛎湯
  ・柴胡桂枝乾姜湯
  ・桂枝加竜骨牡蛎湯
  ・黄連解毒湯
  ・加味逍遙散
  ・加味帰脾湯
  ・当帰芍薬散
  ・半夏厚朴湯
  ・半夏瀉心湯
  ・苓桂朮甘湯
  ・竜骨湯                その他たくさん。


文献

日本精神神経学会・日本生物学的精神医学会・日本神経精神薬理学会・日本うつ病学会・日本統合失調症学会(2013)『精神疾患克服に向けた研究推進の提言』.
有島武志・若杉安希乃・及川哲郎・伊藤剛・深尾篤嗣・大澤伸昭・花房俊昭・石野尚吾・花輪壽彦(2007)「竜骨湯が著効したパニック障害の一例」『日本東洋医学雑誌』第58巻第3号、pp487-493.
千々岩武陽・須藤信行(2016)「心身医学療法としての漢方治療」『心身医学』第56巻第11号、pp1115-1121.
樋口輝彦(2001)「抗うつ薬開発の歴史と未来」『IRYO』第55巻第1号、pp13-18.
井樋慶一・崎村建司(2013)「CRF遺伝子ターゲティングによる気分障害の病態解明」『平成25年度新潟大学脳研究所「脳神経病理標本資源活用の先端的共同研究拠点」共同利用・共同研究報告書』.
井樋慶一(2017)「脳内コルチコトロピン放出因子産生ニューロンの構造と機能の解明―新たな実験動物を用いた検討―」『心身医学』第57巻第9号、pp903-909.
石塚義之(2008)「パニック発作と黄連解毒湯」『phil漢方』第22号、pp22-24.
神庭重信・橋岡禎征・門司晃(2005)「抗うつ薬の薬理作用機序:最近の知見」『第129回日本医学会シンポジウム記録集』pp24-31.
風祭元(2006)「向精神薬の長期大量多剤併用療法と副作用」『臨床精神医学』第35巻第12号、pp1683-1689.
萬谷直樹・寺澤捷年(1996)「半夏厚朴湯と苓桂朮甘湯が奏効したパニックディスオーダーの一例」『日本東洋医学雑誌』第46巻第4号、pp561-565.
松枝亜希子(2009)「抗うつ剤の台頭―1950年代~70年代の日本における精神医学言説―」『Core Ethics』(立命館大学先端総合学術研究科)第5巻、pp293-303.
長峯清英(2011)「神経症性抑うつ状態の不眠および身体症状に対する加味帰脾湯の効果」『phil漢方』第33号、pp18-19.
中永士師明(2008)「パニック発作に対する漢方治療の経験」『日本職業・災害医学会会誌』第56巻第4号、pp165-169.
奥見裕邦・関矢信康・並木隆雄・寺澤捷年(2008)「心身症およびストレス関連疾患に対する漢方治療のエビデンス(2)不安障害」『日本東洋心身医学研究』第23巻第1・2号、pp74-78.
奥見裕邦・村田昌彦・小山敦子(2014)「心身医学と漢方治療」『近畿大学臨床心理センター紀要』第7巻、pp19-28.
坂本将俊(2017)「抗うつ剤の種類・特徴とその限界」『ファルマシア』第53巻第7号、pp663-667.
桜井龍彦(2011)「社会不安障害をめぐる新たな社会学的課題:性格と病理の間で」『三田社会学』(慶応義塾大学)第16号、pp90-103.
佐藤泰昌・成川希・田上慶子・横山康宏・山田新尚(2006)「加味逍遙散が奏功したパニック発作の2例」『日本東洋心身医学研究』第21巻第1・2号、pp26-29.
征矢晋吾・櫻井武ら(2017)『過剰な恐怖を和らげるしくみ~オレキシンによる新たな恐怖調節経路を発見、PTSD治療に光明~』国立大学法人筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構プレスリリース、2017年11月20日.
竹尾重紀(2003)「SSRIから柴胡加竜骨牡蠣湯に切り替え病状が安定したパニック障害の1例」『日本東洋心身医学研究』第18号、pp74-76.
山田光彦・山田美佐・高橋弘・丸山良亮・志田美子(2006)「遺伝子から探る新規抗うつ薬の開発」『日本薬理学雑誌』第128巻第1号、pp57-60.

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