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パニック障害の森田療法

🍅ここでは、森田療法を取り上げてみます。森田療法は、その具体的な技法よりも考え方のほうが大事なので、そこに注目してお読み頂ければと思います。

  👀なお、森田療法については以下のページでも取り上げています。


1.森田療法とは



🍅以下、尾野(1981)、中村(2003)、牛島(2005)、北西(2008)、大住ら(2010)、葛西(2013)、三好(2014)、中村(2014)、青木(2016)、伊藤(2016)、黒川(2017)、久保田(2019)による知見を整理します。


(1)森田療法の定義
🍅森田療法の明確な定義は存在しませんが、1919年に精神科医の森田正馬(まさたけ)(1874-1938)が独自に提唱・創始した、主に神経症(不安障害)の治療を行う心理療法のことです。ただし、後に述べますが「治療を行う」とはいっても、不安や苦悩などの症状の消失を狙うものではありません
🍅森田療法について、森田自身はそれを定義していません。「森田療法」という名称もまた、森田自身はそれを名付けておらず、森田の弟子である高良(こうら)武久が名付けたといわれています。
🍅森田療法では、原則としてお薬は使いません。また、森田療法は、その根本的な治療観や人間観は全く異なるものの、その技法や目指すところが現在の認知行動療法と似ていると数々の研究者から指摘されていて、近年あらためて注目されています。

森田正馬の写真
↑ 森田正馬 出所)沢翠峰・尾崎吸江(1917)『良い国良い人:東京に於ける土佐人』青山書院、p257.


(2)森田療法の対象
🍅森田療法は、もともとは神経症(不安障害)に対する心理療法とされていましたが、その創始当初から心身症の治療にも応用されていて、森田自身も不眠、頭痛、めまいなどの身体症状に応用しています。
🍅森田療法の内容から、最も効果がありそうなのは不安障害の領域、すなわち強迫性障害、社会不安障害(社交不安)、広場恐怖、パニック障害、心気障害などです。また、近年はPTSDなどにも適用が試みられています。


(3)森田療法の歴史
🍅森田療法は、精神科医である森田が創始したことから専門家による心理療法と誤解されがちですが、もともとは当事者による活動としての色彩が濃いです。というのも、森田自身が神経症を患っていて、その回復体験から生まれたからです。
🍅高知県に生まれた森田は、東京帝国大学に入学します。彼は幼少時から身体が強いほうではなく、既に神経症的な症状を持っていたようです。大学時代にも自分の神経症の症状にとらわれて悩み、学業に集中できなかったところ、「もうどうにでもなれ」と半ば諦め気味になったところ症状が気にならなくなり、その後学業がすこぶるはかどるようになります。
🍅その後、森田は医師になってからも自身の当事者としての体験を神経症治療に活用して実績を残すようになりました。1929(昭和4)年、森田は神経症から回復した患者の体験や患者同士の交流を深める場として「形外会(けいげかい)」という患者団体を組織します。ここまでが森田療法の「第一世代」といわれています。
🍅森田療法の「第二世代」としては、弟子の高良武久鈴木知準(ちじゅん)があげられます。彼らはともに精神科医で森田の治療思想を受け継ぎ、入院治療としての森田療法を確立させました。高良は「高良興生院」を、鈴木は「鈴木知準診療所」をそれぞれ創設して入院森田療法を実施し、かなりの効果を上げたようです。そして何よりも、高良と鈴木は森田と同じく、ともに神経症からの回復体験者でした。三好(2014)は、こうした治療家=当事者という構図は「森田療法は森田神経質の者が治療する」という風潮を形成してギルド(≒封建的な同業者組合のこと)的な閉鎖性を持っていたと指摘しています。
🍅森田療法の「第三世代」は、森田療法が元来持っていた当事者性を「専門家による治療、心理療法」に、良い意味では発達させ、悪い意味ではねじ曲げてしまった世代といえます。一方で、「非専門家である」当事者による活動もまた始まっていて、現在のセルフヘルプグループである「生活の発見会」の母体が発足しています。
🍅森田療法の「第四世代」は、森田療法の思想や技法を積極的・建設的に批判して(それまでは批判が許されない雰囲気だったらしい)、かつ、森田療法の対象疾患をより重い症状に拡大させた世代といえます。この動きは、第二世代の高良が高良興生院を閉院して死去したことや、入院森田療法が現代的ニーズにそぐわなくなってきたことなどの背景があります。この第四世代の登場は2000年前後といわれていて、以降入院森田療法は急速に廃れていきます。
🍅このように、森田療法はその治療思想や人間観が興味深いほかに、近現代の日本のセルフヘルプグループ活動の確立という視点からも重要な意義を持っています。


(4)森田療法 vs 精神分析療法
🍅森田療法は、その斬新さが当時の学界では受け入れられにくかったようです。欧米では時期を同じくしてフロイトによる精神分析療法が採用され始め、1919年に東北帝国大学の丸井清泰が留学から帰国すると「森田 vs 丸井論争」が約10年間にわたって展開されます。
🍅内容は、既に明らかな実績をあげていた森田が「精神分析は高尚な理論の割には神経症を治せないではないか」と批判し、直情的な丸井が激昂するといった類の、あまり実りのないものだったといわれています。管理人は森田の著書原本と丸井の著書原本の両方に目を通してみましたが、森田の著書は理論のほかに体験談や人生訓がふんだんに盛り込まれていて、より実践的な内容(学問書と実用書の中間のような感じ)に仕上がっています。一方、丸井の著書は正統派の精神分析学理論書=学問書に仕上がっていて、いわばプロ向けのテキストです。
🍅ちなみに、さきのページで「精神分析療法 VS 認知行動療法」や心理療法における学閥、門閥の問題に少し言及しましたが、森田療法も学閥でガッチガチに固められています。

精神分析療法表紙
↑ 丸井清泰(1928)『精神分析療法.前篇』克誠堂。


2.森田療法の治療観



🍅以下、尾野(1981)、桜井(2001)、牛島(2005)、伊藤(2016)、黒川(2017)、久保田(2019)による知見を整理します。
🍅森田療法は独特の「治癒像」を持っています。たとえば、現代でいう不安障害の領域(対人恐怖や社交不安、強迫性障害、一部の恐怖症)から回復した患者の体験談をみると、以下のような感想が目立つことに気づかされます。

  「周りからはどう思われてもよくなった
  「他人の評価なんてどうでもよくなった
  「開き直ったら楽になった
  「症状は残っているけどまあこんなものかと思う
  「症状は残っているけどあまり気にならない」    などなど。

🍅森田は1920年代はじめに、この傾向に既に気づいていたのです。つまり、患者は治療初期には「不安や症状を消すこと」を目的にしていたのに、次第にその目的が変化していって「不安や症状を消すこと」なんて「どうでもよい」と思うようになるのです。森田療法が狙っているのは、まさにこの点です。神経症は、不安や症状そのものが病気なのではなくて、不安や症状に「とらわれること」が病気なのであって、神経症から回復することとは、不安や症状に「とらわれること」が減ることであると考えます。このように、不安や症状を除去しようとは考えていないことが森田療法のオリジナリティで、他の心理療法と大きく異なるところです。
🍅また、森田療法では、後に述べるように「神経症性格」という性格が神経症を引き起こすと考えますが、これも当初から、性格を変えようとは考えていません。たとえば、パニック障害患者であれば、身体内部感覚に敏感で症状への執着心が異常に強いため、症状の消失を望むとともに他人の前ではそれを隠そうとして完璧に振る舞おうとしたり、症状をコントロールしようとしがちです。しかし、森田療法では、その症状をコントロールしようと無理をする患者の傾向を解消させることに焦点を置いていて、症状はなくなりません。症状はなくなっていないにもかかわらず、患者本人がもはや気にならなくなったから回復したことになるというのが森田療法の本質です。


3.森田療法の鍵概念



🍅森田療法には、いくつかのキーとなる概念があります。その主なものをあげてみます。これらは単独で存在しているのではなく、一連のストーリーと考えると理解が早いかもしれません。
🍅以下、尾野(1981)、中村(2003)、牛島(2005)、大住ら(2010)、葛西(2013)、中村(2014)、青木(2016)、伊藤(2016)、黒川(2017)、久保田(2019)による知見を整理します。


(1)森田神経質
🍅森田は、神経症を「森田神経質(または「神経質症」とも呼んだ)」と称して、普通神経質(≒心気症)、発作性心気症(≒不安神経症)、強迫神経症の3つに分類しました。これら3つの分類の詳細は端折ります。大事なのは、森田がこれらの神経症患者に共通の性格(神経症性格)があると指摘したことです。
🍅その神経症性格の特徴は、以下の3点に集約されます。

  ①内向的・自己内省的
  ②ヒポコンドリー性基調
    →心配性・小心・敏感・些細なことにこだわりやすいという弱力的要素のこと。
  ③完全主義・理想主義

🍅この神経症性格が、次に述べる「とらわれ」の原因を作り出します。


(2)とらわれの機制(精神交互作用・思想の矛盾)
🍅森田療法では、神経症を「とらわれの病理」として理解します。
🍅たとえば、パニック障害であれば、身体内部感覚(心悸亢進、発汗、呼吸困難、吐き気など)に対して異常なほど注意を集中させ、発作だ、病気だ、という考えにとらわれ、さらに完全主義的な神経症性格によって病気の原因を突き止めようとしてさらにとらわれ、回避すれば結果として症状中心の生活を招くことになります。
🍅つまり、患者は不安や症状から逃れたいと考えますが、不安や症状に抵抗すればするほどさらなる不安や症状にとらわれていくという悪循環に陥ります。森田療法では、この悪循環を「とらわれの機制」と呼んでいます。
  ⭐なお、機制(きせい)とは「メカニズム」という意味です。
🍅とらわれの機制は、以下の2つの要素に分けることができます。

①精神交互作用
・これは、神経症性格の患者が、ある身体内部感覚(例えば心拍など)に注意を集中すると、その感覚が鋭くなってますます身体内部感覚に注意が集中して不安を増幅させてしまう結果、心拍の増加が止まらないという現象のことです。このような、注意と感覚の悪循環が生じている状態を森田療法では「精神交互作用」と呼んでいます。

②思想の矛盾
・これは、神経症性格の患者はその性格上「かくあらねばならない」という知性によって症状をコントロールしようとする意志が強く、たとえばパニック発作が生じると「これは病気だから、あってはならない」と捉え、止めよう止めようと努力する結果、かえって症状がひどくなってしまうことをいいます。
・「症状はあってはならない」という理想の自己像と、発作がひどくなってしまうという現実の自己像とが一致しないことから、森田療法では「思想の矛盾」と呼んでいます。要は、思想の矛盾は「とらわれ」を強めてしまうのです。


(3)死の恐怖と生の欲望
🍅「とらわれの機制」によって不安の症状は悪化しますが、とらわれの機制を生じさせる根本には「死の恐怖」があると森田療法は考えます。
🍅すなわち、死の恐怖は誰もが避けることができない感情であって、それは逆に言えば「生の欲望」への裏返しといえます。死を怖がるということは、それだけ生き抜きたいという意欲でもあります。しかも、この2つの表裏一体的な感情はごく自然なものだから、これを否定する必要はないということになります。
🍅精神分析療法など、欧米の心理療法では不安や症状を消去・解決しようとしますが、森田療法は「死の恐怖」≒不安を人間が本来持っている自然だと考え、消去しようとはしません。


(4)あるがまま
🍅そこで森田療法がたどりついた結論が「あるがまま」という態度です。不安を(生の欲望とともに)自然と捉え、受容するような心のあり方を追求しようとします。
🍅「とらわれの機制」から脱却するためには、不安という自然を人為的に、無理にコントロールしようとするのではなく、事実は事実として自然を受容するのが一番よいと森田は考えました。
🍅森田療法における「あるがまま」には、2つの意味があります。それは、①不安や症状に対する「あるがまま」と②欲求(生の欲望)に対する「あるがまま」です。

①不安に対する「あるがまま」
・不安に対する「あるがまま」とは、不安や症状を自然なものとして受容することをいいます。
・不安や症状を人為的にコントロールしようとするからしんどくなるのであって、これを思い通りにしようなどと考えず、仕方のないものとして受容するとします。
・(認知行動療法が述べているように)不安は放っておけばいずれ消失します。それが自然です、というわけです。

②欲求(生の欲望)に対する「あるがまま」
・欲求(生の欲望)に対する「あるがまま」とは、不安や症状の裏には生の欲望があるのだから、それを肯定的、建設的に捉え、「生きていきたい」という欲望を自然なかたちで実現させましょうということです。
・①の「あるがまま」は、どちらかといえば自分の限界を知り、それで仕方がないといったあきらめの意味を幾分含んでいますが、本来不安や症状は生の欲望の裏返しでもあると考えられるので、②の「あるがまま」と大いに関係しています。
・この、「生きていきたい」という欲求(生の欲望)は、理屈をつけたり、要求水準を異常に高く置いたりするものではなく、自然に沸き起こる「ありのまま」の欲望のことです。
・森田療法が後に述べる絶対臥褥期、作業期というプロセスをあえて設けているのは、観念的な欲求ではなく自然に沸き起こる「ありのまま」の欲求を絞り出そうとするためです。

神経質ノ本態及療法表紙
↑ 森田正馬(1928)『神経質ノ本態及療法』吐鳳堂。


4.森田療法のプロセス



🍅以下、佐治・水島編(1974)、中村(2003)、牛島(2005)、大住ら(2010)、葛西(2013)、中村(2014)、青木(2016)、黒川(2017)による知見を簡潔に整理します。
🍅森田療法(入院森田療法の場合)には、以下にみるように、絶対臥褥(がじょく)軽作業期重作業期社会復帰期の4期のプロセスがあります。このプロセスは、神経症性格を持つ患者が観念的理解や知的理解ではなく、日常生活の体験から理解する(体験的理解)必要があるという理由から設けられています。
🍅なお、近年は入院森田療法よりも外来森田療法のほうが主流になりつつあります。また、入院/外来ともに、このプロセスでは日記が重要なツールとして活用されます(詳細は端折りま~す)。


(1)絶対臥褥期
🍅最初の約1週間は、食事と入浴、排泄以外は全て禁止され、個室でただひたすら寝るだけの時間を過ごします。
🍅この段階では、不安や症状へのこだわりやさまざまなネガティブ感情が思い浮かんでは消えるを繰り返し、にもかかわらず患者にできることは食事と洗面、排泄以外にはないので、それらのこだわりや感情を紛らわせる手段がなく、必然的に向き合うしかなくなる状態に置かれるのです。この苦悶の状態が大きいほど治療効果も大きいといわれています。要するに、不安や症状という事実を受容するほかないということです。


(2)軽作業期
🍅この段階は、起床はするものの、外の様子を眺めたりする程度から始まります。これは、退屈するぶん活動意欲が高まると考えられるからです。そして、庭の軽い掃除や落ち葉拾いなどの軽作業へと徐々に生活行動の幅を広げていきます。


(3)重作業期
🍅この段階は、(2)軽作業期の作業課題をさらに重いものにして、大工仕事や風呂焚き(当時)、調理など、さらに生活行動の幅を複雑かつ現実的なものに広げていきます。基本的には治療家の指示に従いながら行いますが、それは大まかな指示であり、患者の創意工夫が求められます。ここでは、観念的になったり、難しく考えたりするよりも前に行動中心の生活スタイルを身に付けることに主眼が置かれます。
🍅考えるよりも前に行動することによって、今までは「不安や症状があるからできない」と考えていたことが、「なんだ、できるじゃないか」というふうに患者の感想が変わるといわれています。これが森田の言う「あるがまま」の実現であって、体験的理解の意味です。


(4)社会生活への復帰期
🍅この時期は、(2)(3)で体得した行動を、現実社会への適応や復帰の準備を行うとともに、これらのプロセスで得た体験や教訓のおさらいを治療者とともに行います。


5.森田療法の限界



🍅どの心理療法もそうですが、森田療法にもやっぱり限界が存在します。
🍅以下、中村(2003)、牛島(2005)、大住ら(2010)、中村(2014)による知見を整理します。
🍅まず、森田療法の適用範囲の疾患についてです。もともと不安障害に焦点を当てていたこともあって、後年、弟子たちがその適用範囲を広げようと試みたときに、特にパーソナリティ障害患者に対しては適用が難しいことが分かっています。また、同じ神経症性格であっても、森田療法に反応しない患者も存在するようです。一方、心身症患者の多くに森田療法は有効であるとされていますが、心身症には胃潰瘍など、具体的な身体疾患が現れる場合が多いこともあって、森田療法だけに関心を置いていると身体疾患が悪化するため注意を要するとされています。
🍅次に、以上述べてきたことは、極めて平易に、素人感覚で言ってしまえば「不安や症状を気にするな」ということです。このフレーズはしばしば、パニック障害患者が周囲の理解なき人から投げかけられる心ない励ましであって、このような声掛けをしてしまうと患者は疎外感、孤独感を強めることになります。よって、森田療法はその人間観や治療観、不安や症状に対する考え方を含めた奥深いものであることを治療家、仲間、患者すべてが知った上で活用するのが適切とされています。


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🍅管理人は、約30年前の学生時代に森田療法を「知識」としては勉強していました。当時管理人は神経症を自覚していて、既に苦しんでいましたが、森田療法については「悟りに至るようなものだから、自分には無理だなぁ」と思い、自分の治療の選択肢からは完全に外していました。いまあらためて森田療法の基礎を学んでみると、じつに味わい深く、パニック障害患者の要所をつかんでいるなと思い、これを学んだだけで少し気が楽になりました。
🍅これまで、心理療法の概要、精神分析療法、認知行動療法、そして森田療法を取り上げましたが、これらのほかにも心理療法はたくさんあります。さいごに、お節介かもしれませんが、


心理療法やカウンセリングを謳う「まがいもの」にはくれぐれもご注意を!


文献

青木万里(2016)「森田療法的アプローチによる心理教育―日記療法の手法を用いて(2)―」『鎌倉女子大学紀要』第23巻、pp51-58.
伊藤克人(2016)「森田療法への導入の実際」『心身医学』第56巻第4号、pppp341-346.
葛西俊治(2013)「身体心理療法における間接的身心技法の構造」『臨床心理学研究』第50巻第2号、pp1-13.
北西憲二(2008)「森田療法の過去・現在・未来―森田療法の源流から考える―」『東京慈恵会医科大学雑誌』第123号、pp67-85.
久保田幹子(2019)「森田療法における『あるがまま』とは」『心理学ワールド』第87号、pp9-12.
黒川順夫(2017)「森田療法」『心身医学』第57巻第8号、pp818-826.
三好真人(2014)「森田療法における『当事者性と専門性』および当事者運動の変遷―『NPO法人・生活の発見会』の展開をもとに―」『明治大学心理社会学研究』第9号、pp85-99.
中村敬(2003)「心身医学と森田療法」『心身医学』第43巻第10号、pp663-670.
中村敬(2014)「心身症とその周辺領域への森田療法」『心身医学』第54巻第4号、pp317-324.
尾野成治(1981)「治療教育における現象学的アプローチと森田療法と行動療法の関連の一考察」『福島大学教育学部論集』第33号、
大住誠・藍澤鎮雄・宮里勝政・二宮正人・山口登(2010)「パーソナリティ障害を伴ううつ病性障害に対する精神療法の検討―箱庭療法施行後の外来森田療法追加施行の有効性―」『聖マリアンナ医科大学雑誌』第38巻、pp97-105.
佐治守夫・水島恵一編(1974)『臨床心理学の基礎知識』有斐閣ブックス.
桜井利行(2001)「対人恐怖症の心理療法による治癒像」『大阪大学教育学年報』第6号、pp313-324.
牛島定信(2005)「森田療法と精神分析との対話―今後の精神療法の方向を探る―」『東京慈恵会医科大学雑誌』第120号、pp45-58.

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