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パニック障害と遺伝(遺伝的要因に関する研究)

🍅ここでは、パニック障害の遺伝的要因に関する研究をさらっと見ましょう。なお、個々の遺伝子のナンバーや役割に関する詳細な説明は端折ります(管理人自身が十分理解していないもので(泣)…)。


1.パニック障害と遺伝的要因に関する研究



(1)パニック障害と遺伝的要因全般
🍅貝谷ら(2013)は、Hettemaら(2005)の研究を紹介しています。

・全般性不安障害とパニック障害、広場恐怖には共通した遺伝子群が影響している
  ・この遺伝子群は社交不安障害には少しだけ影響している
  ・特定恐怖(動物と状況恐怖)はこの遺伝子群とは別の遺伝子群の影響を受けている
・広場恐怖は他の不安障害とは別の広場恐怖特有の遺伝子群の影響を受けている
・環境的要因については、各不安障害に共通する環境的要因の影響よりも個別的な環境的要因の影響が大きく作用し、この傾向は特に広場恐怖で大きい


(2)家系研究・双生児研究によるパニック障害の発症率・遺伝率
🍅以下、田代(1992)、上松ら(1995)、溝部・中込(2007)、音羽(2014)の先行研究のレビューによる知見を整理します。

・パニック障害患者は一卵性双生児で21~33%の発症率で環境的要因の比重が高い(Torgersen:1983)
・パニック障害患者の第1度親族内におけるパニック障害関連障害のが発症率は33.3%、第2度親族内では41.7%だった(上松ら:1995)
・パニック障害患者の第1度親族におけるパニック障害のみの発症率は18.8%だった(上松ら:1995)
・パニック障害の遺伝率は30~40%である(Chantarujikapongら:2001;Hettemaら:2001)
・パニック障害の第1度親族での遺伝率は10.0%で、健常者の遺伝率2.1%に比べ有意に高い(Hettemaら:2001)
・パニック障害の遺伝に関する相対危険度(健常者と比較した遺伝の危険度)は3~17倍である、および、これらの研究のうちいくつかのデータを再検証したところ、相対危険度は5倍である(Schumacherら:2011)


(3)パニック障害の候補染色体・候補遺伝子
🍅以下、音羽(2007;2014)、森本(2018)、日本脳科学関連学会連合(2019)の先行研究のレビューおよび自身らの研究による知見を整理します。

・パニック障害の候補染色体として1番4番12番15番各染色体が疑われる(Flint :2003)
・パニック障害の候補染色体として1番14番19番各染色体に共通するコピー数多型(コピーに何らかの異常がある多型のこと)が見出された(岡崎ら:2010)
・パニック障害の候補遺伝子として1番染色体におけるSYT2PDE4Bが疑われる(音羽:2007)
・パニック障害の候補遺伝子としてPLA2G4Eが疑われる(森本:2018)
・不安の候補遺伝子として1番染色体におけるRGS2が疑われる(Fullerton:2006)
・不安の候補遺伝子としてPPARGC1Aが疑われる(Hettemaら:2011)
・恐怖の消去の候補遺伝子として神経栄養因子BDNFにおけるVal66Met遺伝子多型が疑われる(Solimanら:2010)
・統合失調症、若年性パーキンソン病、自閉スペクトラム障害、ADHD、不安障害の候補部位として第22染色体の22q11.2の欠損が疑われる(精神疾患だけでなく小児神経疾患や神経変性疾患の発症にも関与している)(日本脳科学関連学会連合:2019)

  👀なお、BDNFについては以下のページでも取り上げています。


(4)パニック障害とモノアミン神経伝達物質の遺伝的要因
🍅以下、稲田(2003)、溝部・中込(2007)、渡邊ら(2008)、下田(2009)、松本ら(2013)、音羽(2014)による知見を整理します。

・5-HT神経系に関与する遺伝子として5-HT1A受容体遺伝子の関与が疑われるが、先行研究の結果が一致しないなど結論が出ていない(稲田:2003;渡邊ら:2008)
・パニック障害に対する脆弱性の候補遺伝子として5-HT2A受容体遺伝子が疑われる(稲田:2003)
・SSRIが5-HTTの遺伝子多型である5-HTTLPRS型に作用し、SSRI血中濃度、5-HTTLPR遺伝子型、身体合併症の3つが臨床改善度に影響を与えている(Saekiら:2009)
5-HTTLPRS型を持つ人は、恐怖刺激に対する扁桃体の反応性が高い(Haririら:2002)
・5-HTTにあるIle425Valという遺伝子の変異が、セロトニンの再取り込み機能を増大させるとともに、強迫性障害の家族内遺伝に関与している(Ozakiら:2003)
・パニック障害の候補遺伝子として、カテコール-O-メチルトランスフェラーゼCOMT)、アデノシンA2a受容体ADORA2A)、MAO-Aが疑われるが先行研究の結果が一致しないなど結論が出ていない(溝部・中込:2007;Maronら:2010)

  👀なお、「5-HT」については以下のページで詳しく取り上げています。


(5)パニック障害とホルモン分泌の遺伝的要因
🍅以下、溝部・中込(2007)、石飛(2013)、音羽(2014)の先行研究のレビューや自身の研究による知見を整理します。

・パニック障害の候補遺伝子としてコレシストキニン4CCK-4)が疑われる(Bradweinら:1991)
・パニック障害の候補遺伝子としてCCK-4、コレシストキニンB受容体CCK-BR)が疑われるが、先行研究の結果が一致しないなど結論が出ていない(Maronら:2010;音羽:2014)
・パニック障害の候補遺伝子としてHPA系におけるコルチコトロピン放出ホルモンCRH)とその受容体CRHR1CRHR2)の遺伝子が疑われる(石飛:2013)


(6)パニック障害と免疫系の遺伝的要因
🍅以下、杉本・徳永(2017)、梅影(2017)による知見を整理します。

・パニック障害患者とヒト白血球抗原(HLA)のHLA-DRB1*13:02というアレル(父親と母親それぞれから受け継いだ遺伝情報のセット)との間に有意な関連がある(杉本・徳永:2017;梅影:2017)
・パニック障害患者の遺伝子のメチル化解析の結果、40か所の有意な部位を特定し、またその中にはリンパ球の活性化に関する部位など免疫系の関与を示唆するものが含まれていた(梅影:2017)


(7)パニック障害と性格特性の遺伝的要因
🍅以下、溝部・中込(2007)、音羽(2014)の先行研究のレビューや自身らの研究による知見を整理します。

・神経質という性格特性が気分障害と不安障害に関連し、また気分障害と不安障害の合併が多いことから両者の遺伝的基盤に共通項が存在する(Hettema:2004)
1番5番15番16番各染色体が不安障害と関係しており、これらのうち1番染色体に神経質と不安障害の両方に関係する部位があり、そこに不安脆弱性に関係する遺伝子があると疑われる(Webbら:2012)
・神経質の候補遺伝子が12番染色体にあると疑われる(Fullerton:2003)
・神経質の候補遺伝子が9番11番12番14番各染色体にあると疑われる(Webbら:2012)
・神経質の候補遺伝子として14番染色体MAMDC1が疑われる(van den Oordら:2008)
・神経質の候補遺伝子として12番染色体12q24.3にあるTMEM132Dの2つのSNPが疑われる(Erhardtら:2011)
・不安の強さと前頭葉のTMEM132Dの遺伝子発現との間に関連がある(Erhardtら:2011)
・神経質のSNPとしてホスホジエステラーゼ4DPDE4D)が疑われる(Shifmanら:2008)


(8)パニック障害と幼少期体験の遺伝的要因
🍅以下、神庭(2006)、穐吉(2012)、松本ら(2013)、音羽(2014)、松澤(2016)の先行研究のレビューおよび自身らの研究による知見を整理します。

・精神疾患に関する遺伝的要因があるとストレスに脆弱となり、その後のストレスが神経細胞の遺伝子にエピジェネティックな変化を引き起こし、成人期の異常をもたらす(Niwaら:2013)
・遺伝子にエピジェネティックな影響をもたらす環境的要因として児童虐待があげられる(松澤:2016)
・遺伝的に脆弱な動物であっても適切な養育環境があれば脆弱性を改善できる可能性があり、かつ、脆弱性を持たない動物は不適切な養育環境の影響をさほど受けない(平野ら:2004;井口ら:2002)
・虐待を受けていた患者でも不安障害になりやすいグループとなりにくいグループがあり、この差としてコルチコトロピン放出ホルモン(CRH)の受容体(CRHR)の一つであるCRHR1の遺伝子多型が関与している(穐吉:2012)
・ラットの海馬にDNAメチル化した遺伝子を転移すると恐怖記憶が固定した(Miller & Sweatt:2007)


(9)その他
🍅音羽(2014)は、パニック障害と関連する最も有意な部位としてブラジキニン(痛み、血圧調整、神経細胞分化などに関与する物質)の受容体BDKRB2をあげています。


2.近年の研究動向



🍅最近の遺伝研究は、エピジェネティックスの観点から塩基配列の変異にこだわらず、環境的要因によるDNAメチル化に焦点を当てるものが明らかに増えています。

  👀なお、DNAメチル化については以下のページで別途取り上げています。

🍅柳橋(2016)は、現在の遺伝子検査は精神疾患の予測には役に立たないと述べています。それは、影響力の大きい遺伝子変異はその頻度が低く、逆に頻度が高い遺伝子変異は影響力が小さいためにその情報を得にくいからです。
  →今後検査・分析機器の技術が進化すれば推測可能かも。
🍅日本精神神経学会ら(2013)は、以下の現象が一部の精神疾患と関係していそうだと指摘しています。

  ・コピー数変異(染色体上の幅広い領域にわたって遺伝情報が重複したり欠損したりする現象)
  ・デノボde novo変異(両親が持っていない遺伝子変異を子が持っているという突然変異)

🍅以上にみた通り、パニック障害と遺伝的要因との関係については、その要因となる遺伝子や遺伝子多型の特定は断片的なものにとどまっているのが現状です。点と点が繋がらず、星座になっていない状態といえるでしょう。


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🍅精神疾患と遺伝との関係については、今後もその解明は一層進んでいくでしょう。しかし、「精神疾患=遺伝」というステレオタイプな理解はしないほうが賢明です
🍅さきのページで書いたように、パニック障害の発症には遺伝だけでなく環境的要因も関与していることや、このページで取り上げたように、両親が変異を持っていないにもかかわらず患者(子)が遺伝子変異を起こすデノボ変異など、近年の遺伝は「親から子に伝わる」という意味だけのものではなくなっています
🍅なので、患者(子)が親に向かって「遺伝のせいだ」とつらく当たっても意味がありませんし(だいいち、親から子に遺伝したとしても、それが意図的ではない以上責めるわけにはいかない)、親の側も遺伝を持つことに悩み苦しむのはナンセンスです。それくらい、遺伝にはさまざまな形があるということです。


パニック障害の原因究明には、まだまだ時間がかかりそう。
気長に待つしかないですね(泣)


文献

日本精神神経学会・日本生物学的精神医学会・日本神経精神薬理学会・日本うつ病学会・日本統合失調症学会(2013)『精神疾患克服に向けた研究推進の提言』pp1-27.
日本脳科学関連学会連合(2019)『精神・神経ゲノム情報管理センター提案書』pp1-36.
穐吉條太郎(2012)「不安障害の病態と診断」『精神神経学雑誌』第114巻第9号、pp1063-1069.
稲田泰之(2003)「パニック障害とセロトニン2A受容体遺伝子との有意な相関」大阪医科大学博士論文。
石飛佳宣(2013)「日本人集団におけるCRHR1およびCRHR2と大うつ病性障害およびパニック障害との関連」大分大学大学院医学研究科学位論文。
井樋慶一(2005)「ストレス応答のかなめ CRH遺伝子」『日本薬理学雑誌』第126号、pp174-178.
貝谷久宣・土田英人・巣山晴菜・兼子唯(2013)「不安障害研究鳥瞰―最近の知見と展望―」『不安障害研究』第4巻第1号、pp20-36.
神庭重信(2006)「ストレスから精神疾患に迫る:海馬神経新生と精神機能」『日本薬理学雑誌』第128巻第1号、pp3-7.
木村大樹・尾崎紀夫(2019)「ゲノム医療の成果を精神科医療に活かし、当事者・家族に還元するために」『児童青年精神医学とその近接領域』第60巻第3号、pp352-358.
松本友里恵・國本正子・尾崎紀夫(2013)「うつ病発症と遺伝子/環境相互作用」『精神保健研究』第59号、pp7-15.
松澤大輔(2016)「マウス発達期におけるメチルドナー不足は海馬に関連した記憶行動とエピジェネティックな変化をもたらす」『浦上財団研究報告書』第23号、pp27-32.
溝部宏二・中込和幸(2007)「神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害(摂食障害を含む)の疾患の概念と病態の理解」『精神神経学雑誌』第109巻第12号、pp1157-1164.
森本芳郎(2018)「全エクソン解析ならびに希少変異解析により PLA2G4E 遺伝子がパニック障害のリスク遺伝子である可能性が示されたWhole-exome sequencing and gene-based rare variant association tests suggest that PLA2G4E might be a risk gene for panic disorder」長崎大学博士論文要旨.
音羽健司(2007)「パニック障害の疾患感受性遺伝子の探索 : ゲノムワイド関連解析の結果に基づく1番染色体における候補遺伝子の検討」東京大学大学院医学系研究科博士論文内容要旨.
音羽健司(2014)「不安障害の遺伝研究」『不安障害研究』第5巻第2号、pp73-84.
下田和孝(2009)「精神医学における薬理遺伝学の展開とオーダーメイド精神科薬物治療の展望」『精神神経学雑誌』第111巻第12号、pp1546-1551.
杉本(嶋多)美穂子・徳永勝士(2017)「パニック症のゲノムワイド関連解析のHLAアリルによる層別解析」『Major Histocompatibility Complex』第24巻第1号、pp54-64.
田代信維(1992)「恐慌性(パニック)障害の診断と治療」『耳鼻と臨床』第38巻第6号、pp852-856.
上松正幸・貝谷久宣・高井昭裕(1995)「パニック障害の臨床研究―遺伝と環境」『心身医学』第35巻第4号、pp282-286.
梅影正(2017)「ゲノムワイド関連解析とDNAメチル解析を統合したパニック障害候補遺伝子の探索」『科学研究費助成事業研究成果報告書:基盤研究(C)(一般)26461712』頁番号なし.
渡邊崇・上田幹人・佐伯吉規・下田和孝(2008)「不安障害のオーダーメイド薬物療法の可能性―パニック障害を中心に―」『精神神経学雑誌』第110巻第8号、pp633-638.
柳橋達彦(2016)「心と行動の遺伝学」『IRYO』第70巻第4号、pp209-213.

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