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精神医学とパニック障害の歴史(近代~現代)

精神医学とパニック障害の歴史(古代~近代)からのつづき


5.第二次世界大戦後 ― 行動心理学・認知心理学の発展



(1)本来の心理学とは
🍅心理学には行動理論というものがあります。一般の人は「心理学」というと性格や深層心理、精神分析を扱うものと誤解しがちですが、多くの研究者は性格論や精神分析は心理学ではないと考えています(管理人もそう思ってます。ただし、性格論や精神分析学を全否定はしません)。
🍅本来の心理学は、ヒトの行動はいかにして生じるかを探究するものです。すなわち、視覚、聴覚、嗅覚、皮膚感覚などの感覚器から外部の刺激を取り入れ、その情報が脳に届き、脳が情報を判断して命令を下し、その命令が筋肉に伝わって行動となる、というプロセスの詳細を明らかにしたり、ヒトの行動に影響を与える心の要因は何かを探究したりすることが本来の心理学です。ちなみに、このプロセスのうち、感覚器が刺激を取り入れてから脳がその刺激が何かを判断するまでの過程を「認知」といいます。
🍅さらに、心理学には学習理論というものもあります。ヒトが取る行動の多くは生まれつき身についているのではなくて、成長するにつれて徐々に学習し、獲得していくものです。そして通常、ヒトは出生すぐは肉親しか学習のモデルはおらず、(日本の場合は)保育園や幼稚園、小学校、中学校、・・・というふうに、いろんな集団に所属して、いろんな経験を積みつつ他者からさまざまな行動を学習します。
  
  👀なお、学習理論の一部については以下のページでも取り上げています。


(2)行動療法・認知行動療法の登場
🍅この行動理論や学習理論を神経症治療に応用しようというのが行動療法です。パニック障害では、私たち患者の多くは頭ではわかっているのに身体が勝手に反応してコントロール不能になることがありますが、行動理論ではこれを誤った学習によるもの(誤ったクセがついている)と捉え、その行動の修正を図ろうとします。
🍅具体的には、以下のような方法があります。

・強化法(行動が良い方向に修正されるにしたがって賞を与え、さらに良い行動を導こうとする)
系統的脱感作法(不安発作が生じる状況を階層化して徐々に慣れるとともに、脱感作(腕や腹の力を抜いてリラックスすること)をして落ち着いて不安を克服していく)
バイオフィードバック法(発作時に心拍計や筋電図、発汗量などの客観的なデータを患者自身が見て「ここで心臓がドキドキするのは不合理である」と思うことを繰り返し、徐々に発作場面でリラックスできるようにする)
曝露法(不安発作が出る場面にあえて患者自身が曝し、徐々に慣れていく)

🍅これらの行動療法のうち、強化法のような方法は「ヒトは動物と同じではない」という批判があったので現在は行われておらず、逆に系統的脱感作法や曝露法は現在、認知行動療法(認知療法 + 行動療法)として実際の精神科臨床で活用されています。
🍅なお、認知療法でいうところの「認知」は、先に述べた認知プロセスの認知とは意味が異なります。パニック障害でいえば、人混みや電車内に対して、健康な人は「ただの人の集まり」「動く乗り物」と考えるか、考えることすらしないのですが、パニック障害患者は「他者が自分を見ている場」「閉じ込められた場」「逃げられない場」など、否定的な場として捉えて(≒認知して)しまいがちになるということです。これを歪んだ認知と捉え、肯定的な認知に修正しようというのが認知療法です。

  👀なお、認知行動療法は以下のページでも取り上げています。


(3)ノイローゼの流行
🍅(2021/5/13)行動療法や認知行動療法とは直接関係ありませんが、戦後日本における神経症圏の話題としては1955(昭和30)年頃から社会全体に「ノイローゼ」という用語が流行しています。ノイローゼとは神経症(neurosis)をカタカナで読んだものです。近森(1999)は、当時の週刊誌がこぞってノイローゼという言葉を使い、専業主婦や家事労働の単調さや孤独、団地住まいなどの戦後復興や経済成長の弊害を積極的に記事にしたと指摘しています。


6.精神科薬の登場



(1)さまざまな精神科薬の登場
🍅精神科医療では長い間「薬」がなく、心理療法以外にやるべき治療法がありませんでした。そこに、クロルプロマジンという向精神薬が1952(昭和27)年に登場しました。これは統合失調症患者向けのものです。クロルプロマジンの出現は、精神疾患治療に新たな可能性を開いたと同時に、副作用の強さや過剰投与という問題を引き起こしました。また、イプロニアジドという結核治療薬がうつ病に効くことが発見され、三環系抗うつ薬が開発されたのも1950年代です。
🍅神経症領域では、クロルジアゼポキシドというベンゾジアゼピン系抗不安薬が1950年代に登場しました。
  
  👀なお、精神科薬については以下のページでも取り上げています。


(2)精神療法中心から薬物療法中心の神経症治療の時代へ
🍅ベンゾジアゼピン系抗不安薬の登場は臨床家に大きな衝撃を与えました。大坪(2012)や塩入(2012)によると、抗不安薬と一部の抗うつ薬の発見により、今でいうパニック障害の原因が神経症的な葛藤や患者の内的な不安が爆発するのではなく、自律神経系の身体レベルの変動や生物学的な異常によるものと考えられるようになります
🍅こうした動きによって、神経症治療の主役が精神分析学をはじめとする精神療法(心理療法)から薬物療法へと変わるようになります。


7.パニック障害の登場



(1)パニック障害の登場と神経症の消滅
🍅塩入(2012)によると、パニック障害という名称は1978(昭和53)年にアメリカ国立精神衛生研究所(NIMH)が初めて用いたとされており、1980(昭和55)年に発表されたDSM-Ⅲではパニック障害の名称がついに登場しました。そして、これまでの神経症という名称は使われなくなりました。

  👀なお、DSMについては以下のページで詳しく取り上げています。

🍅神経症という名称の消滅について、溝部・中込(2007)はフロイトに始まる力動的精神医学及び「心因性」からの脱却という意義のほかに、エビデンスベースド医療への志向や薬理学、脳画像研究の進歩という背景があると述べています。

↓ 管理人が大学時代(1992年頃)の精神保健学の講義レジュメ(≒配布プリント)。教員は臨床精神科医でした。題名は「心因反応・神経症」とされ、精神分析学の名残が感じられる一方、不安神経症の項目には「恐慌性障害panic disorder)」と書かれてます。管理人は当時この「恐慌性障害」の文字を完全に見落としており、自分が「恐慌性障害」であるとは微塵も思ってなかったのでした。
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8.そして現在



(1)早期発見・早期治療で完全治癒する時代
🍅現在、パニック障害をめぐる医療環境はかなり整っているといえるでしょう。その理解や配慮の程度はともかくとしても、パニック障害という病名の一般市民への周知度は高くなっていると考えられます。したがって、患者は比較的発症初期の段階で心療内科や精神科にアクセスすることができ(精神科の敷居も低くなった)、早期発見、早期治療であれば寛解のみならず完治も期待できるようになりました


(2)脳機能、神経系から遺伝子へと関心が移りつつある
🍅研究でいえば、パニック障害の原因が脳の機能異常にあることがほぼ確実な状況です。特に近年、分子生物学からのアプローチが活発になっています。もともと、抗うつ薬や抗不安薬が開発された頃から、これらの病気の原因が神経伝達回路や神経伝達物質の異常や脳機能の異常にあるらしいと考えられてきましたが、近年は、ではその脳の機能異常がなぜ生じるのかに問題意識が変わってきて、そこに分子生物学≒遺伝子の異常を疑う研究がみられるようになってきました。
🍅遺伝子がもともと異常を持っていたのか、遺伝子と環境が影響し合いながら神経伝達回路の異常を引き起こすのか、そしてその遺伝子はどれか。ミクロレベルの研究の積み重ねがまさに現在行われています。

  👀なお、パニック障害と遺伝との関連については以下のページで詳しく取り上げています。


(3)近い将来、精神科診療所に画像診断機器が設置されるかも
🍅もう一つ、現在のパニック障害研究で著しく発達したのが画像診断技術の活用です。f-MRIファンクショナル磁気共鳴画像)やPETポジトロン断層法)によって、脳の血流や中枢神経の活動量の多い少ないを目視できるようになりました。つまり、パニック発作時の脳血流や中枢神経の活動量を見ることで、脳のどの部分が暴走しているのかが分かるようになったんです。現在、これらの視覚化技術は研究でしか使われていませんが、近い将来、心療内科や精神科診療所でもこれらの機器が普通に設置、活用される時代がやってくるかも知れません。


(4)しかしながら、精神疾患患者は依然として社会から疎外されている
🍅石丸(2016)は、精神障害者に対する日本社会の基本姿勢は「隔離と否認」であると述べています。これは主に統合失調症患者の処遇に関する分析ですが、神経症圏の疾患患者についても強制隔離こそないものの、ひきこもりという間接的な隔離を余儀なくされ、患者の多くは社会の中で数多くの否認を経験しています。パニック障害患者が健康な人と分け隔てなく、多様性という理念の下で安心して生活することができる社会の到来はまだまだ先のようです。


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🍅以上、精神医学史や、神経症からパニック障害へという歴史を辿る中で唯一、管理人がわからなかったことは、神経症を持っていた人がその時代ごとにどのような処遇を受け、どのような社会的な立場に置かれていたか、です。精神医学史の対象は今日でいうところの統合失調症などの妄想性障害に向けられており、神経症を持っていた人びとが社会をどのように生きていたのかはあまり明らかではなく、唯一明瞭な事例があったのは森田療法に関する資料のみでした。精神医学には「病跡学」と呼ばれる小ジャンルがあります。これは、精神疾患を持っている著名な人物(作家や科学者、政治家、芸能人など)の生活史や著作物、発行物などを探究しようとすることです。この点については管理人の努力不足、勉強不足もあるので、今後も調べていくつもりです。


文献

近森高明(1999)「二つの『時代病』:神経衰弱とノイローゼの流行にみる人間観の変容」『京都社会学年報』(京都大学)第7号、pp193-208.
石丸昌彦(2016)「うつ病増加の背景要因に関する覚書」『放送大学研究年報』第34号、pp1-13.
金子準二・田辺子男・小峯和茂編(1982)『日本精神医学年表』牧野出版.
熊野宏昭(2009)「パニック障害の脳内機序」『心身医学』第49巻第4号、pp305-314.
前田久雄(2000)「パニック障害と全般性不安障害―最近の知見」『精神医学』第42巻第6号、pp562-573.
溝部宏二・中込和幸(2007)「神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害(摂食障害を含む)の疾患の概念と病態の理解」『精神神経学雑誌』第109巻第12号、pp1157-1164.
中井久夫・山口直彦(2001)『看護のための精神医学:第2版』医学書院。
西松能子・斉藤卓哉(2004)「遺伝学とニューロサイエンスの進歩が精神医学・心理学へ与える影響」『立正大学心理学研究所紀要』第2号、pp65-75.
大坪天平(2012)「全般性不安障害の現在とこれから」『精神神経学雑誌』第114巻第9号、pp1049-1055.
塩入俊樹(2012)「不安障害の現在とこれから―DSM-5改訂に向けての展望と課題:パニック障害―」『精神神経学雑誌』第114巻第9号、1037-1048.

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