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パニック障害のカミングアウトをめぐって

🍅ここでは、パニック障害のカミングアウトについて、管理人自身の体験をお話ししてみたいと思います。


1.教育実践現場ではカミングアウトしていた



🍅管理人は、主に社会福祉専門職の養成施設で教員をしていました。基本的には、管理人は自分がパニック障害を患っていることを「積極的に」カミングアウトしていました。「積極的」とはいっても、管理人は疾病のカミングアウトの是非やメリット、デメリットをあまり深く考えておらず、単に自分がこれまで社会福祉領域の勉強とお仕事をしてきたことから一般の感覚から少し浮世離れしているところがあって、またパニック障害は一部芸能人の方々のおかげで世間に広く知られているだろうという甘い期待があったのだと思います。で、カミングアウトの結果、管理人の場合はデメリットのほうが多かったです。
🍅まず、学生さんからの精神保健相談の件数が管理人赴任前に比べて激増しました。この現象は、管理人の人格や教員としての資質が優れていたからではありません、念のため。管理人がパニック障害を患っていることから、学生さんの教員に対する精神保健相談の敷居がいくぶん下がっただけのことでしょう。学生さんの精神保健上の問題に対して学校が専門的な相談という形で対応することによって学生さんの中退リスクが減るという意味では、学校経営上のメリットはあったと思います。しかし、これが良いことだったのかどうかはいまだに分かりません。
🍅これは、精神分析学でいう転移・逆転移と同じことだと思うのです。さいわいなことに学生さんも管理人も共倒れすることはありませんでしたが、そのリスクは極めて高かったといえるでしょう。また、管理人はパニック障害を患う人間として学生さんの悩みを傾聴しますが、そこから先の具体的対応は患者仲間ではなく一教員として関わることになるので、授業中に過呼吸やパニック発作、予期不安が生じたときのダメージを軽くするために教室の後ろの出入口付近に席替えをするとか、当該学生さんのクラスメートに対してインフォーマルなサポートをお願いするとか、その程度のことしかできませんでした。要は二重役割を果たしていたということです。これは学生さんに対して一貫性を欠く態度であって、かつ、不誠実な態度であった可能性が高いです。
🍅この、教員がピア(仲間)として学生さんに対応するという態度は、他の教員にとってはやりにくかっただろうなあと思います。他の教員も担任として同様の学生相談に対応しているわけで、その中で管理人一人だけがピア(仲間)の性質を前面に出しているということは他の教員にとっては「抜け駆け」や「人気取り」のように映るでしょうから、教員間の歩調の乱れを招き、教務上はあまり望ましいことではないような気がします。
🍅のちに、管理人の独断ではなく、学校からの命令でスクールソーシャルワークの真似事をしてみた時期もありますが、根本的に「ピア(仲間)」という役割と「教員」という役割の両方を兼ねている状態でスクールソーシャルワークを試みると、教育や教員の目的とソーシャルワークの目的が一致しないことが多くて、あまりうまくいきませんでした。
🍅だいいち、教員としての管理人がパニック障害を患っていようがいまいが、ほとんどの学生さんにとっては関係のないことです。たとえば、それで授業を中座したりして学生さんから心配されたり保護されたりすることは、教員としての適性に関わってきます。その意味で、教員を含む対人援助専門職が自分の障害をカミングアウトすることは、専門的な実践現場の構造をいびつな状態に変えてしまう可能性があるなあと今では思っています。


2.通常の社会的場面でもカミングアウトしていた



🍅上記の通り、管理人は学生時代から一貫して、長いこと社会福祉領域に身を置いてきたという理由から、社会全体に対しても甘い期待を抱いていて、親しい友人にも(あまり深く考えることなく)パニック障害を患っていることをカミングアウトしていました。その結果、メリットは全くありませんでした。デメリットばかりです
🍅管理人がいちばん腹立たしかったのは、なんでもかんでもパニック障害のせいにされることでした。たとえば、健康な同僚・上司が、なにか仕事上の理由で怒ったとします。そりゃぁ、人間だから怒ることもあるでしょう。ところが、同じ調子で管理人も仕事上の理由で怒ったとすると、「あの人は心の病気だから」と解釈されます。実際に、そのようなニュアンスのことを言われたことがあります。しかし、このような周囲の短絡的思考を招いたのは、管理人がろくに考えもせず安直に障害をカミングアウトしたからです。
🍅友だち関係でも同じで、パニック障害であるとカミングアウトしたことによるメリットは全くありません。ある友だちからは、彼の配偶者から「あの人(管理人)と付き合いをして大丈夫なのか」と注意喚起されたと言われましたし、別の友だちは管理人がパニック障害であることを、これまた別の人に噂話として伝えてしまい、管理人が付き合いのない同級生コミュニティでは管理人がパニック障害であることが知れ渡っているようです。今でいうところの「アウティングouting)」です。
🍅さらに、地域のとある自営業者に「パニック障害という病気で悩んでいる」と漏らしたことがあります。その後何年か経ってから中学校時代の同窓会があり、担任だった先生から唐突に「心の病気なんだって?」と言われました。担任だった先生と会うのは30年ぶりです。その自営業者から回りまわって情報が伝わったのだと思います。これもアウティングです。噂のパワーを思い知らされたと同時に、一般の地域住民には個人情報保護や人権に関するリテラシーが専門職ほどには浸透していないことを痛いほど理解しました。
🍅地域社会というのは恐ろしいものです。カミングアウトとは関係ありませんが、管理人はかつて睡眠障害のため仕事に退職して自宅療養中に地域ぐるみで不審者扱いされ、逃げるように引っ越しをした体験があります(もちろん犯歴、処分歴なし。ただし道路交通法違反歴(スピード違反)はあります)。この経験以後、管理人は「地域福祉」という言葉を信じなくなりました。「歪んでいる」と言われようが、これは体験した者でしか分からないことです。
🍅カミングアウトに話を戻すと、地域住民の中には残念ながら、心ない人もいます。そして、地域社会では基本的に理屈は通用しません。パニック障害がどのような病気であるのかとか、地域住民に迷惑をかけるような病気ではないとか、どんなに理路整然と説明したところで、差別や偏見は理屈の問題ではないので説明の意味がないどころか、火に油を注ぐようなものです。さらに悪いことに、ほとんどの地域住民は善良な人ですが、決して助けてはくれません。これは仕方のないことです。その人の立場に立ってみれば分かることです。
🍅パニック障害は、患者が発作時の実態をできるだけ隠そうとすることや、「パニック」という言葉だけが先行してしまうことから誤解を招きやすい病気だと思います。なので、結論として、パニック障害であることをわざわざカミングアウトしたとして、得られるものよりも失うもののほうが多いと考えます。


3.カミングアウトするには相応の覚悟と度胸が必要



(1)差別・偏見を受ける覚悟と度胸が必要
🍅パニック障害患者が自分の病気をカミングアウトすることにより、友人や同僚・上司、地域住民から差別・偏見の目を向けられるリスクは常にあると考えて間違いありません。先に述べたように、全ての人が善良で人権擁護に熱心であるという保証はないからです。
🍅そのため、仮にカミングアウトするのであれば、それがもとで自分に関係する他者から差別・偏見の目を向けられ、場合によっては地域社会で孤立し精神的に追い込まれるという覚悟と、それでも動じないという胆力というか度胸のようなものが必要とされるでしょう。管理人の個人的な見解ですが、特に日本社会のように島国根性が染みついて「内」と「外」の考え方がはっきりしていて、多様性を否定しがちなコミュニティでは、パニック障害を含む精神疾患患者や精神障害者が受け容れられるような時代は残念ながら当分はやってこないと思います。


(2)個人情報は患者自身が主体的にコントロールすべし
🍅さきに管理人の実例でみたように、「パニック障害である」という個人情報は「食べ物は〇〇が好き」などのどうでもいい個人情報とは異なり、価値のある情報です。情報的な価値があるからこそ、噂として伝達される意味があるのだと思うんです。
🍅だとすれば、パニック障害患者は極力自分自身で自分の個人情報を管理し、コントロールし、自分の身を守らなければなりません。ネット上に晒される特定個人に対する誹謗中傷と同じで、地域社会であろうが学校であろうが職場であろうが、いったん流通した情報をなかったことにするのは絶対に不可能です。

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