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不安と恐怖のメカニズム

🍅このページでは、不安と恐怖のメカニズムに迫ってみたいと思います。


1.不安・恐怖とは



(1)不安(anxiety)とは
🍅不安とは「対象のない、漠然とした不快な感情」と定義され、一応は感情の一種とされています。より実際には、落ち着かないようなソワソワ感覚や心配の感覚、自分に対して何かがやってくるような切迫した感覚など、感情よりもむしろ感覚に近いものであると考えられます。また、「今後の不安」「将来の不安」というように、対象はあるけれど、それが漠然としている場合に不安という用語が使われます。
🍅不安の程度がひどくなると、心悸亢進や胸部圧迫感、発汗などの身体的な反応として現れることがあります。したがって、不安は感情としての反応だけでなく身体的な反応を含む広い概念であるといえます。不安は誰もが経験します。また、通常ほとんどの不安は持続するものの、あくまで一過性のものです。


(2)恐怖(fear)とは
🍅不安とよく比較されるのが恐怖です。恐怖とは「特定の対象があり、それに対する具体的な脅威や混乱の感情」のことをいいます。「恐怖感」というように、恐怖も一応は感情の一種とされていますが、やはり感情よりも感覚に近いと考えられます。先に述べた不安の程度がひどくなると、恐怖に移行することもあるようです。


🍅以上にみた通り、対象が具体的であるかどうかが不安と恐怖の違いとなります。ところが、パニック障害のさまざまな研究を見ると不安と恐怖の定義がないがしろにされていることが多く、不安のメカニズムを説明しているように見えて、実はその中身は恐怖を説明している場合がほとんどです。以下にさまざまな研究者の知見をまとめてみましたが、これは不安ではなく恐怖の説明じゃないのと思うものは適宜管理人の判断で不安→恐怖に読み替えました。


2.進化論からみた不安・恐怖



(1)不安・恐怖は本来はポジティブな反応である
🍅進化論では、人間を含む動物は生まれつき不安や恐怖という概念を持っていて、種の保存のために不安や恐怖を感知するシステムが備わっていると考えます。そして、人が生存していくためには危険に対して敏感に反応するほうが有利なので、不安や恐怖というメカニズムはパニック障害のように否定的なシステムではなく、本来は肯定的なシステムであるという立場を取ります。なお、この不安・恐怖と進化論との関係を唱えたのはベックA.T.Beck)という認知心理学者です。

  👀なお、ベックについては以下のページでも取り上げています。

🍅また金(2006)も、人間は社会的な動物であって、生存していくためには他者に頼らざるを得ず、仲間外れのような孤立や疎外に対して不安や恐怖のシステムが作動してそれらの危機を排除しようとすると述べています。
🍅塩入(2010;2012)も不安の進化論的なメカニズムに言及しています。すなわち、不安という現象はもともと危険信号への反応であって、それが長い進化の過程で危険を「回避する」という反応に変化し、さらに人間の発達経験の中でさまざまな適応や防衛メカニズムが形成され、さまざまな反応のかたちが現れるようになったと仮定しています。


(2)「窒息誤警報」としての恐怖
🍅塩入は、パニック発作のメカニズムを説明しています。まず、通常、人間は酸素不足(血中二酸化炭素と脳内乳酸の上昇)が起こると窒息の警報を出します。これは正常な反応ですが、この窒息警報が窒息に至らないレベルの酸素不足でも出てしまう状態(窒息誤警報という)がパニック発作であるとしています。
🍅ただし塩入は、パニック発作が危険を過剰に判断したり、誤って判断したりする結果生じることに間違いはないが、血中二酸化炭素量の上昇は誤警報の一つにすぎず、他にもさまざまな刺激が引き金となって発症するとも述べています。


3.ストレス理論からみた恐怖



(1)外的な刺激と心身の反応
🍅ストレス概念を提唱したのはセリエH.Selye)というカナダの生理学者です。ストレス概念については、一般に普及しているストレスの考え方で間違いないです。つまり、外部にあるさまざまな刺激が人間の精神と身体の変化に影響を与えるということです。ストレスの考え方が次第に普及していくにつれて、一部の精神疾患を外的環境と身体的反応との関係から捉えようとする研究が行われるようになりました。
🍅塩入(2010)は、不安障害をその発症メカニズムという点から以下の3つに分類しています。

①気分障害と関連が深い全般性不安障害のグループ
②強迫や衝動と関連が深い強迫性障害のグループ
③「stress-induced」(induceとは「導かれる」という意味)と関連が深いパニック障害・社会(社交)不安障害・PTSDのグループ

パニック障害は外出時や人混み、つまり外的なストレスがかかったときに不安や恐怖を感じることで発症します。社会(社交)不安障害も人前という外的な環境からのストレスに反応する疾患です。そしてPTSDもまず外的環境から強いストレスが加わることが発症のきっかけになります。


(2)恒常性(ホメオスタシス)と自律神経系
🍅人間には、外部の環境に適応しながら心身を調節する機能があらかじめ備わっています。これを恒常性ホメオスタシスhomeostasis)といいます。この機能がうまく働かずストレスにさらされたままになったり、対処に失敗したりしたときに不安障害や身体表現性障害が発症すると仮定されています。
🍅人間の恒常性(ホメオスタシス)を維持しているのは自律神経です。自律神経は、交感神経(心拍数↑ 血圧↑ 呼吸数↑ 発汗量↑ など興奮系です)と副交感神経(心拍数↓ 血圧↓ 呼吸数↓ 発汗量↓ など抑制系です)の2つの神経系のバランスで成り立っています。自律神経という点からパニック障害を考えてみると、交感神経系が過剰に活動して暴走し、それを副交感神経系が抑えられない状態がパニック障害であるといえるでしょう。


(3)ストレス感知から恐怖を感じるまでのプロセス
🍅まとめとして、外部からストレスを感知して恐怖を感じるまでのプロセスを簡単に追ってみます。

  ①ストレスとなる刺激を感覚器(目や耳など)が捉える
        ↓
  ②感覚器が捉えたストレス情報は脳の視床に入力される
        ↓
  ③ストレス情報が視床から扁桃体に送られる
  (「視床→扁桃体ルート」と「視床→大脳皮質→扁桃体ルート」がある)
        ↓
  ④扁桃体が過剰活動状態となる
        ↓
  ⑤扁桃体の過剰活動を受けてHPA系視床下部―下垂体―副腎系)の活動も過剰になる
        ↓
  ⑥同時に交感神経系の活動も過剰になる
        ↓
  ⑦⑤⑥の結果、血圧が上昇したり心拍が増加したりするなど興奮状態となる
  (これが「恐怖」の状態である)
  ※実際はこれらのプロセスに対応した脳機能や神経伝達物質の機能が関与する。
   また、このページ後章で取り上げる学習のメカニズムも関与する。

  👀なお、HPA系については以下のページで詳しく取り上げています。

🍅(2021/7/7)阿部(2009)は、寛解期のパニック障害患者を対象にした実験から、パニック障害患者は発作時だけでなく、普段から誤った認知による自律神経調節機能異常特に交感神経系の調節機能異常がみられ、これがパニック障害の再発率の高さにつながっているのではないかと指摘しています。


(4)ストレスを受けた人全員が恐怖を感じるとは限らない
🍅ところで、ストレスを受けた人の全員が不安や恐怖を感じるわけではなく、また全員が不安障害を発症するわけでもありません。ストレスに対する抵抗力(ストレス耐性という)は、人によって強弱があります。つまり、不安障害には発症しやすい人とそうでない人がおり、この差は脆弱性(または不安の脆弱性)によると考えられています。管理人自身がこれに思い当たるふしがあるのであえて直球に表現すると、打たれ強いかどうかということです。また、人間にはストレスを受けて心身が一時的に恐怖反応を示しても、いずれ元の状態に戻ろうとする性質があり、この性質はレジリエンスresilience)と呼ばれています。これも人によって程度が異なると考えられています。

  👀なお、レジリエンスについては以下のページで詳しく取り上げています。


(5)不安・恐怖とストレスとの関係についての問題点
🍅こうした自律神経系(交感神経と副交感神経)のメカニズムについて、阿部(2009)は不安障害の原因として交感神経系の暴走と副交感神経系の機能低下がしばしば指摘されるが、反対の結果を示す結果もあって一致した結論は出ていないと指摘しています。
🍅この、不安障害と自律神経系との関連を扱う研究の多くは、交感神経系が興奮した状態を測定しています。つまり、不安・恐怖の「結果」としての発作の状態を再現しているのであって、その発作の「原因」としての不安・恐怖を追究していないという欠点があります。なので、自律神経系の興奮状態は不安・恐怖の原因なのか結果なのかがよくわからないんです。
🍅ちなみに、別のページでパニック障害の歴史を整理した際、防衛機制defense mechanism)を取り上げました。これは、自分にとって不快あるいは不都合な外的な刺激が加わったときにどのような対処行動を取るかというものでした。これはストレスの考え方に非常に似ており、外部からネガティブなストレスが加わると、人間はそれをうまく処理するだの、回避するだのして自分を守ろうとします。

  👀なお、防衛機制については以下のページで詳しく取り上げています。


4.学習理論からみた恐怖



🍅学習理論は、さきに歴史のページで軽く触れました。すなわち、人間の行動の多くは生まれつき備わっているのではなくて、そのときどきの状況や環境から試行錯誤や他人を真似るなどの「学習」を通して徐々に獲得していきます。学習理論は、それを主に実験(ネズミが多い)から確かめようとするものです。

  👀なお、学習理論については以下のページでも取り上げています。


(1)条件付け理論
🍅学習理論には「条件付け」と呼ばれる、訓練を繰り返すことによって身に付く性質の学習があります。代表的なものに、「レスポンデント条件付け」と「オペラント条件付け」があります。この2つは知っておいて下さい。

①レスポンデントrespondent条件付け古典的条件付けともいう)
・ネズミを使った実験をします。

  (1)ネズミを白い箱(複数の部屋がある)に入れる
        ↓
  (2)ネズミに電撃を喰らわせる
        ↓
  (3)ネズミはそれを回避するために隣の部屋に移動する

⭐このとき、電撃という刺激(S)が回避という反応(R)を導きました。
  →Sstimulus刺激という意味)の略、Rresponse反応という意味)の略です。
  →電撃(S)と回避(R)が直接繋がっている。

②オペラントoperant条件付け道具的条件付けともいう)
・再びネズミを使った実験をします。

  (1)ネズミを白い箱に入れる
       ↓
  (2)ネズミに電撃を喰らわせる
       ↓
  (3)ネズミはそれを回避するために隣の部屋に移動する
       ↓
  (4)この実験を繰り返すうちに・・・
       ↓
  (5)特に電撃を喰らわせないのに・・・
       ↓
  (6)ネズミの前に白い箱を置く
       ↓
  (7)ネズミは白い箱には入らなくなり、隣の部屋にとどまる

⭐(5)~(7)では、電撃を喰らわせていないのに、ネズミは白い箱を怖がって入ろうとしなくなりました。
⭐この実験ではSが2つあります(電撃と白い箱)。
  →電撃を無条件刺激UCS;Unconditioned Stimulus)という。
  →白い箱を条件刺激CS;Conditioned Stimulus)という。
⭐ネズミは電撃という直接的な刺激を受けずとも、白い箱という間接的な刺激を見ただけで自発的に回避したということです。
⭐オペラントとはoperate(操作する)の派生語で、刺激(S)を操作するという意味です。
  
  👀なお、条件付け理論については以下のページでも取り上げています。


(2)マウラーの二要因理論
🍅さて、ここまでの実験は行動心理学者であるマウラーH. Mowrer)が行ったものです(レスポンデント/オペラント条件付けは別の研究者によるもの)。マウラーの実験は、恐怖場面からの回避という点に重点が置かれています。つまり、動物は恐怖から回避するときは学習をする(回避学習という)ということです。
🍅ネズミは最初、電撃を直接喰らわされたことで恐怖を感じ、回避しました。そのうち、ネズミは電撃という恐怖をもたらす刺激がなくても電撃という恐怖を予測し、回避するという行動を身に付けたのです。
🍅マウラーは、これを不安神経症患者の不安・恐怖の回避の説明に用いました。要するに、マウラーはパニック障害の基盤となる恐怖反応は以下の2段階の順序で生じるのではないかと考えました。

①恐怖の発生(まず、電車内で心拍が亢進して冷や汗が出るというネガティブな経験をする)
②恐怖の連続(次に、そのネガティブな経験がショッキングだったために、(次に心拍が亢進して冷や汗が出るとは限らないのに)電車と心拍亢進・冷や汗が一緒くたになり、電車という場面を避ける

🍅これを回避の二要因理論といいます。二要因理論は不安神経症(当時)に対する行動療法に大きな影響を与えた一方、いくつかの欠点を持っています。

①全ての不安障害に適用できない
・この理論にしたがうと、全般性不安障害のような、ネガティブでトラウマティックな恐怖体験をしていない患者には適用できない。

②逆の手続きを取っても恐怖は消去されない
・この理論にしたがうと、この逆の手続きを取れば、クセがついた回避行動を消去できることになる。
・ネズミの例で言えば、隣の部屋から白い部屋に入れて電撃を喰らわせないという手続きを繰り返せば、ネズミは白い部屋を安全な場所と認識し、また白い部屋に自由に出入りするはず。しかし、現実には逆の手続きを取っても恐怖は容易に消去されない。

③患者は一度きりの心的外傷体験で恐怖が連続する
・ネズミの実験では電撃という刺激を何度も繰り返しているが、実際のパニック障害患者の場合、たった一度の衝撃的体験だけでその恐怖が持続、連続することがよくある。

🍅このように、マウラーの二要因理論は1950年代に提唱されただけに単純で、学習によってあらゆる行動を変化、修正するなんて無理!という批判を招くことになりました。


(3)恐怖条件付け
🍅近年では、恐怖は学習理論だけでなく、神経生理学的知見、脳生理学的知見などを組み合わせた説明がより一般的になりました。
🍅天野(2012)、塩入(2012)、井ノ口(2013)らによる知見を総合すると、恐怖は以下のように形成される(恐怖条件付けという)と考えられます。

  ①強い刺激UCSがその人に加わる
    →このとき脳の扁桃体の中で神経細胞の強い活動がみられる
          
  ②①に関連する弱い刺激CSがその人に加わる
    →このとき脳の扁桃体の中で神経細胞の弱い活動がみられる
          
  ③UCSとCSが連合し、扁桃体内の基底外側核で神経細胞の活動が過活性となる
          
  ④③の過活性状態が扁桃体中心核の活動を活性化させる
          
  ⑤扁桃体中心核から以下の部位に対して恐怖反応を示すよう命令が下される
    ・中脳灰白質(すくみ行動)
    ・視床下部室傍核(副腎皮質ホルモン↑)
    ・視床下部外側核・青斑核(血圧↑ 心拍数↑)
    ・結合腕傍核(呼吸数↑)

  👀なお、神経細胞については以下のページで詳しく取り上げています。


(4)恐怖と記憶
🍅恐怖について、その人が受けた強いショックはそのときの状況と合わせて記憶されます。
🍅恐怖は、通常は1回の体験で長期間記憶されると考えられています。しかし、その人の性格や関心の程度などによって消去されたり、別の記憶と合わさって書き換えられたり、一生そのまま保持されたりします。この段階で恐怖という記憶がPTSDやパニック障害などを引き起こすらしいです。つまり、「恐怖」そのものではなく「恐怖の記憶」が精神疾患を引き起こすというわけです。
🍅私たち患者や当事者にとっては、受けたショックとそのときの状況を忘却するか、この学習された恐怖条件付けを消去したいところです。恐怖条件付けの消去、すなわちショックとなる刺激に遭遇してもそれを恐怖とは感じない状態に戻すという作業にもプロセスがあると考えられています。

  ①強いショックに関連する弱いショックCSがその人に加わる
         ↓
  ②CSの情報が内側前頭前野に伝わる
         ↓
  ③内側前頭前野は扁桃体内の介在細胞塊の神経細胞を活性化するよう命令する
         ↓
  ④介在細胞塊の神経細胞は扁桃体内の中心核に対して神経細胞の活動を抑制するよう命令する
         ↓
  ⑤これにより恐怖の反応が生じにくくなる

🍅脳の部位がたくさん出てきてやや難しいですが、この消去という作業も学習の一つで、恐怖条件付けという学習の記憶に、さらなる記憶を上書きしようとするものです。PTSDやパニック障害の原因として、この消去プロセスの異常が疑われています。

  👀なお、脳の各部位については以下のページで詳しく取り上げています。

🍅私たち患者や当事者にとっての関心は、こうした恐怖記憶が固定するかどうかです。
🍅頭の中で記憶が固定しなければ治りも早いでしょうし、しつこく固定してしまうと症状が遷延化することでしょう。井ノ口(2013)は、固定か消去か、どちらに向かうかは想起時間の長さ(「想起」とは思い出して再生すること)、記憶自体の強さ記憶の古さなどさまざまな要因が絡んでいると述べています。
🍅また、この恐怖記憶の固定や消去の程度には男女差があるようです。別のページでパニック障害の有病率は女性のほうが高いというデータを複数紹介しました。松田(2018)は恐怖消去の性差について、エストロゲン、グルココルチコイド、脳由来神経栄養因子(BDNF)、セロトニン、ニコチンなどの物質が関与しているからではないかと述べています。

  👀なお、パニック障害の有病率、性差については以下のページで詳しく取り上げています。


5.認知心理学理論からみた不安・恐怖



(1)認知とは
🍅認知cognition)とは、その人の周りで起きていることに対して、その人がどのように判断・解釈するかというプロセスのことをいいます。私たち人間は、何をするにも自覚、無自覚(ほとんどが無自覚です)を問わず、状況を判断・解釈しながら行動し、生きています。認知のプロセスは概ね以下のようなものです(下図参照)。

認知のプロセス

🍅さて、通常、これらの判断と行動は外界や社会に適応する形、つまり正しい行動として現れますが、状況を誤って認知したり、認知に偏りや歪みがあったりすると正しくない行動として現れ、疾患の領域に近づいていくことになります。


(2)認知には誤りや偏り、歪みがある
🍅人が外界の情報を処理するときには、以下の2つの認知プロセスが働いています。

  ①自動的な認知過程(注意や記憶などの情報処理。意識せずに生じ、かつコントロール不能)
  制御的な認知過程(意識的に行うことができ、かつコントロール可能)

🍅むろん、パニック障害で問題となるのは自動的な認知過程で、脅威となる対象・状況に対する自動的な認知過程に歪みがあるとされています(上田:2011)。パニック障害患者がある特定の状況に置かれた際に、同じような状況で遭遇したときのネガティブな記憶を、本人は思い出すつもりがないのに自動的に思い出してしまい、かつ、それを忘れようとしてもコントロール不能のためなかなか振り払えず不安や恐怖に至るということです。
🍅この自動的な認知過程では、特に「注意attention)」と「記憶memory)」に焦点が当てられることが多いです。相澤(2018)も、不安障害患者には注意の対象の偏り(強迫性障害であれば汚れ、パニック障害であれば密集空間、など)と記憶の偏り(発作が生じた場面や身体感覚の記憶の偏り)があると指摘しています。
🍅こうした認知の偏りや歪みのことを「認知バイアス」といいます。バイアスbias)とは「偏り」という意味です。認知バイアスにはさまざまなものがありますが、ここでは「注意バイアス」と「記憶バイアス」に着目します。


(3)注意バイアス
🍅注意バイアスとは、特定の対象や物事にことさら注目してしまうことをいいます。
🍅パニック障害患者であれば、パニック発作が現れるであろう脅威の対象に異常に注意を向けてしまうことが知られています。電車内でパニック発作を起こす患者であれば、電車内の状況や混雑した環境のことに注意が向きがちです。
🍅健康な人であれば、電車内は混雑空間としか考えず、四六時中電車内のことが気になってしまうことはまずありません。パニック障害患者では常にそうした状況に関心が向いてしまうがゆえ、強い記憶となって頭の中に焼き付き、予期不安を起こしやすくなるといわれています。


(4)記憶バイアス
🍅認知バイアスには、どのような記憶を思い出しやすいかという記憶に関するバイアス(記憶バイアス)もあります。
🍅パニック障害の症状の一つの特徴は、目の前に脅威がないのに不安や恐怖を感じてしまうことです。これには記憶の再生がかかわっていると考えられます。
🍅記憶の再生については数々の実験が行われています。パニック障害患者の多くは窒息や震え、吐き気、めまい、群衆、ショッピングモールなど、パニック発作を起こした状況や起こしうる状況を自分から再生しやすいという研究と、健康な人と有意な差はなかったという研究の両方があり、パニック障害と記憶バイアスとの間の関連性はよくわかっていません。
🍅また、記憶には顕在記憶潜在記憶という分類の仕方があります。

  ①顕在記憶(自分で思い出そうとして思い出すことができる記憶)
  ②潜在記憶(自分では思い出すつもりはないにもかかわらず勝手に浮かび上がってくる記憶)

🍅この分類は、記憶を再生するにあたってそれがコントロールされているかどうかという分類です。これらもパニック障害患者と健康な人との比較が行われていますが、明確な結論は出ていません。記憶が予期不安やパニック発作の原因の一つであることに疑いの余地はありません。しかし、そこから先、どのようなメカニズムで予期不安やパニック発作に繋がるのかについてはまだまだ研究途上の段階です。


(5)スキーマ理論とパニック発作の認知モデル
🍅こうした注意バイアスや記憶バイアスといった認知バイアスは、膨大量にのぼる情報の中から脅威という特定の情報だけを選択してしまうというものです。どうやら、パニック障害患者や不安・恐怖を感じやすい人は認知バイアスを生じさせやすくなる情報処理のメカニズムを持っているようです。
🍅先に登場した精神科医ベック(A.T.Beck)は、「スキーマschema理論」という仮説を提唱しています。スキーマとは「枠組み」という意味です。私たちは自分の外に広がる世界を、自分に関連付けながら一つひとつ独自の枠組みを作りながら記憶しています。
🍅たとえば、混雑した電車内であれば、健康な人は混雑した電車内にいる自分を思い描きながら「むさ苦しいもの」という枠組み(スキーマ)を形成した上で記憶しており、次に混雑した電車に乗るときは「むさ苦しいもの」という枠組みを思い出します。ところが、パニック障害患者や不安・恐怖に敏感な人は混雑した電車内という状況を「発作が起こる所」「脅威」というスキーマとして記憶してしまいます。電車を脅威と捉えること自体が解釈の誤りです。そして、同じような状況に再度出くわしたときにこのネガティブなスキーマ(不安スキーマという)が頭の中で活性化し、これが不安・恐怖という感情や身体的反応に影響するとともに、注意バイアスや記憶バイアスなどの情報処理過程の歪みを引き起こすとベックは考えました。
🍅注意と記憶のバイアスがかかっているため、本人は心拍、動悸、吐き気、冷や汗などの身体感覚に注意が集中してしまい、それを過剰に脅威であると解釈を誤り、コントロール不能に陥るとともにさらに身体感覚に注意が向くという悪循環を繰り返すことになります。この一連の過程は「パニック発作の認知モデル」と呼ばれています。
🍅ベックがスキーマ理論を提唱して以降も、不安や恐怖をめぐっていくつかのモデルが提唱されています(上田:2011)。
🍅たとえば、人間が外の世界と自分とを関連付けながら状況を認知するという作業はスキーマではなく感情であるという仮説があります(感情ネットワーク理論)。すなわち、人間にとって特定の状況はそのときの感情と合わせて記憶されており、かつて経験したのと同じ状況に直面すると、そのときの記憶とともに感情のネットワークが活性化して不安や恐怖を引き起こすとするモデルです。
🍅また、不安や恐怖を生じさせるのはスキーマや感情ではなく記憶がメインであるという仮説もあります。すなわち、不安や恐怖を感じるときは長期記憶が活性化し、にもかかわらず長期記憶を情報処理するには処理量の限界があり、そのため身の危険(=脅威)に関する情報処理が優先されるとするモデルです。


文献

阿部亮(2009)「寛解期のパニック障害患者を対象とした自律神経系調節異常に関する研究」『新潟医学会雑誌』第123巻第4号、pp170-180.
相澤直樹(2018)「精神障害の発生と維持に関わる認知の偏りの文献的検討」『神戸大学大学院人間発達環境学研究科研究紀要』第12巻第1号、pp75-84.
天野大樹(2012)「恐怖条件付け記憶の想起,消去に対する扁桃体亜核の役割」『日本薬理学雑誌』第140巻第1号、pp14-18.
藤原裕弥・岩永誠・生和秀敏(2007)「不安と抑うつにおける認知バイアスに関する研究」『行動療法研究』第33巻第2号、pp145-155.
井ノ口馨(2013)「恐怖記憶研究鳥瞰―最近の知見と展望―」『不安障害研究』第5巻第1号、pp13-21.
井上和臣(2000)「軽症うつ病とパニック障害」『四国医学雑誌』(徳島大学医学部)第56巻第2号、pp30-34.
貝谷久宣(2013)「不安障害研究鳥瞰―最近の知見と展望―」『不安障害研究』第4巻第1号、pp20-36.
喜田聡(2013)「ズームアップ:文科省科研費新学術領域・マイクロエンドフェノタイプによる精神病態学の創出 <上>」『新・実学ジャーナル』2013年3月号、p3.
金美伶(2006)「不安障害の診断及び不安の心理療法」『お茶の水女子大学子ども発達教育研究センター紀要』第3号、pp123-130.
前田駿太・森彩香・佐藤友哉・嶋田洋徳(2014)「Looming Cognitive Styleに関する最近の研究動向」『早稲田大学臨床心理学研究』第13巻第1号、pp151-159.
松田真悟(2018)「恐怖消去の性差を担う分子機構」『日本生物学的精神医学会誌』第29巻第2号、pp57-59.
二瓶正登・澤幸祐(2017)「不安症および曝露療法を理解するための現代の学習理論からのアプローチ」『専修人間科学論集:心理学篇』第7巻第1号、pp45-53.
坂元桂(1999)「抑うつ者および高不安者のネガティブ情報に対する潜在記憶バイアス―メタ分析による検討―」『性格心理学研究』第7巻第2号、pp57-65.
塩入俊樹(2010)「不安障害の病態について:Stress-induced Fear Circuity Disordersを中心に」『精神神経学雑誌』第112巻第8号、pp797-805.
塩入俊樹(2012)「ストレスによる不安のメカニズム」『女性心身医学』第16巻第3号、pp236-241.
塩入俊樹(2012)「不安障害の現在とこれから―DSM-5改訂に向けての展望と課題:パニック障害―」『精神神経学雑誌』第114巻第9号、1037-1048.
上田紋佳(2011)「不安認知における記憶バイアス―脅威刺激の強度の観点からの提案―」『心理学評論』第54巻第4号、pp412-435.
渡部絵美・上淵寿・藤井勉(2012)「予期不安の発生に関する素因ストレスモデルの検討」『東京学芸大学紀要:総合教育科学系Ⅰ』第63号、pp135-143.

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